カテゴリ:できごと( 31 )

自転車通勤

自転車通勤を始めました!    
と言っても、家から教室までのことではありません。
歩いても10足らずに着いてしまうので、なんの自慢にもなりません。

毎週金曜日に、本郷に行きますので、今週から自転車で行きました。
青梅街道から新宿へ、それから靖国通りを沿って後楽園まで、最後は急な坂を登って本郷に着きます。
45分ぐらいかかります。

防衛庁の前あたり、外堀両岸の桜がまだ枝に半分残っている季節ということもあって、東京の中心部は樹が多くて、こんなにきれいだと、初めて気づきました。
10数年、この地で暮らしてきたなのに・・・・・・

いままではずっと東京は仕事の場であって、リラックスしたいなら東京を出ようと思っていた。
考え方を変えると、楽しみも増えますね。
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by nschinese | 2009-04-12 12:09 | できごと

試験と選別

昨日、早稲田松竹で、アメリカのインディアナ州ワルシャワの今時の高校生の生活を記録したドキュメンタリー『アメリカン・ティーン』(オフィシャルサイト http://www.americanteen.jp/)を観た後に、神田川にそって中野坂上に歩いて帰ってきた。

日本での最初の花見は、高田馬場の近くの神田川の桜だったので、そちらを歩くと、来日当時のわくわくの気持ちや不安は蘇える。これは、まさに映画の中の大学入試試験の重圧の下に置かれたアメリカ高校生たちの気持ちと重ねる。自分が翻訳したばかりの中国の宋代における科挙競争の話も頭の中で浮かんでくる。

通過した後の時点において振り返ると、失敗したとしても、いつでもやり直す機会があるが、試験に向かう時点において、手に汗をにぎながらぜったい勝ってほしい気持ちいっぱいです。今になって、自分のことよりも、このような複雑な気持ちは、もっと自分の学生や娘たちに向かっている。

おそらく矛盾するのは常で、一方的に正しいことはないでしょう。
意欲に対して限られた機会の前に、選別という意味での試験制度は、私たちを苦しむものでありながら、エネルギーを引き出すものでもあります。その点を見極めて「試験・選別」システムと付き合って行きましょう。
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by nschinese | 2009-04-02 10:10 | できごと

愚人節

春休みに「まったり」したいと宣言した小学生の長女が、さすがに退屈しはじめ、今日の夕飯に「はやしライス」を作ることにした。

「今日だから、やらなくてもいいのよ。やらなくても、だれも怒ってはいけないよ。」とこっそり長女に言った。

「そうだ!そうだ!・・・でも、他にやることもないし・・・」

「じゃ、はやしライスじゃなくて、カレーライスにしちゃえば・・・」

「う~ん」

さて、夕飯はどうなるかな。
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by nschinese | 2009-04-01 09:56 | できごと

夏休み 水戸近辺の畑 

夏休みに、水戸に行って来た。水戸は、「偕楽園」の梅が有名なので、観光季節といえば、春です。

f0011015_14332423.jpg 私が興味を持ったのは、明朝が滅ぼした後に、日本に亡命した朱舜水という人物です。彼は最初、長崎に住んでいたが、来日6年後、水戸黄門徳川光圀に招聘され、江戸に移住したのです。(正確にいうと、水戸藩の藩主はみな「水戸黄門」)
鎖国の時代にあたり、かなり異例なことと言えます。



水戸への途中。朱舜水は、江戸についたときは、もう70近く。江戸と水戸の間に数回往復した。当時はどんな風景だったのか。
f0011015_1436825.jpgそのような歳なので、きっと日本語を習わなかったのでしょう。それに、日本人に嫁をもらおうかと進められたが、丁重に断ったそうです。
周りに漢文がわかる人が多くて、筆談で意思疎通ができたでしょう。


彼の墓は常陸太田にあると聞き、水郡線に乗って向かった。
常陸太田行きは、上菅谷という駅で乗り換えなければならない。



f0011015_15201436.jpg30分以上、上菅谷で電車を待つ間に、田舎の風景に癒されました。










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お墓は、常陸太田にある瑞龍山にあるが、それは水戸藩主累代の墓地で、いまは開放されていません。

最初から知っているので、べつに気にしません。ついでに西山荘という場所を探しに畑沿いを歩いた。西山荘は、光圀が晩年隠居するところで、その中で『大日本史』を添削されました。




f0011015_150252.jpg帰りに、タクシー運転手さんに、自分が中国人で、朱舜水に興味があると言ったら、「10年前にお客さんを瑞龍山に案内したことがあります。藩主家以外のは、朱舜水先生のお墓だけで、なかなかりっぱな、普通のと違うお墓でした」と教えてもらいました。

周りは薄暗くなってきたせいか、山に囲まれている稲が実ってきた畑を、朱舜水先生に見守られている中で歩いているような気もしました。

「朱舜水先生が本当に日本の皆さんにお世話になりました」と勝手に(笑)、感謝の気持ちがいっぱいでした。
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by nschinese | 2008-10-14 15:16 | できごと

悔しい

四川大地震を追悼するために、5月11日の午後に中国全土で黙祷儀式が行われた。

半旗を掲げ、交通止めになり、胡錦涛をはじめ政府の要人、全国人民が3分間の黙祷を捧げた。
夜に大量の若者が天安門広場に集まり、追悼の儀式をし、最後は腕を振り上げて長時間に「中国頑張れ!」と叫んだ。
その映像を見て、「これって中国的追悼の仕方ですか?」と妻が不思議に聞いたが、ぼくは「いろんな経緯があったからでしょ」と不機嫌に答えた。

正直に、経済改革、政治改革を呼びかけるデモ運動がよく起きた80年代の中国で大学生活を送ったぼくは、このような場面に複雑な心境を抱いている。

今回は、これらの若者の気持ちを推測すれば、彼らはせっかくのオリンピック開催で、聖火リレーの妨害や天災が続き、自分の国にとっての大きな不幸として受け止めており、その感情の中から頑張ろうという叫びが出ただろう。

もちろん、それだけではない。親族や知人の死を経験した方ならわかるが、死者にたいして、こうしてあげればよかったという悔しさが長い間に心の中に残る。
なぜ学校がたくさん倒壊したか?今回の地震は果してまったく予測不可能だったのか?救援隊がもっと早く来れば・・・(阪神大震災の時に、救援活動に参加した自衛隊員の話によると、自分がすこしでも休むと、周りの人が責められる経験があるそうだ。その中に自責の気持ちもあるだろう)

じつは、地震が起きた数日前に、大量のカエルの車道を歩く現象が起きていた。これは地震の予兆ではないかという庶民の心配に対して、四川のテレビ局のはわざわざ、これはこの地域の自然環境が優れている印しだと解釈する番組を流した。

私自身は、1975年の海城大地震を経験した。当時は動物の異常行動、および小規模の地震の頻発によって地震予告に成功した。真冬にテント生活がされたが、死者が少なくて済んだ。残念なことに、1年後の唐山大地震に予報失敗。

今回でも、ある科学者は、中国中央テレビの中継の中で、自分のグループが予告したが、国家地震局に無理されたと主張した。
国家地震局からは、地震予報は世界的な難題で、現状では不可能だという見解を示した。
ところが、昨日成都に余震が起きる予告をした(結局はなかったが)のはなぜ可能か、と指摘する国内のブログもある。

意図的に隠蔽か、ただの無能か、失敗か、事後の指摘に無理があったのか、これらについて、私は判断できない。その上に、このことが、中国政府、軍隊の救援努力をパフォマンスと勝手に解釈し、悪意まで感じさせられた日本の一部のマスコミに悪用されたくない。

私が指摘したかったのは、亡くなった四川の人々、子供の映像を見ている私たちの悔しさ、とくに様々な制度上の難題に直面している中国人の心の中の悔しさそのものである。
もし学校の建築が手抜き工事であれば、厳しく責任を追究すべき。今度こそ募金がぜんぶ災害地区の人々のために使え。今度こそ手抜き工事が許せない。

国内不安に導く根拠不足の感情論的な責任追及を避けたい一方、今回の失敗の教訓をしっかりと生かしてほしい。地震研究体制の立て直し、そして日本のような地震大国に、震災後の復興策を謙虚に学んで欲しい。そして、何よりもこの災害から人心の浄化が必要である。

天安門広場での叫びは、民族被害意識の高まりで終わることなく、巨大な悔しさから深刻な反省や心の浄化が生まれることを願っています。
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by nschinese | 2008-05-21 10:52 | できごと

ボルベール〈帰郷〉を観た

陽が出て、昨日よりはずいぶん暖かく感じます。
長く放置していたブログを、今日は長く書きたい気持ちである。

ぼくは、カタカナの名前を覚えるのが苦手で、欧米人はともかく、韓国人のスターも漢字の名前を教えてもらいたい。
「ペドロ・アルモドバル」というスペイン人監督の名前を覚えたい。

彼が撮った「トーク・トゥ・ハー」が大好きで、新作「 ボルベール〈帰郷〉 」は気になっていた。
ちょうど昨日大変な仕事が終わって調べたら、早稲田松竹で二本立て(1300円)で上映されていた!

もう一本は同監督の半自伝作品「バッド・エデュケーション」。神学生が神父さんの性的虐待(現代社会的な解釈によると)を受けてから、欲望が同性に向かうようになった話。つまり、監督さんも(現代社会的に見れば)「異常」性欲を持っていることになる。
そもそも「異常かどうか」は、相対化しつつあるし、むしろこのようにあえて「異常」と書くと、抗議されるほど不謹慎な行動とされかねない今の時代である。

それはともかく、「ボルベール」も結局、親近相姦の話である。
(ただし極めて美しく映っていたので全然重い映画ではない。)
要するに、彼の映画に異常な欲望(主に性欲)をもつ人、それの被害者の生活が主題となるのが多い。

被害者はすでにフツウに生活していたが、なにかのきっかけでまた過去とつながりを持つようになり、その過去と直面しなければならない状況に陥っていく。それは「帰郷」の意味でしょう。

この映画を観てもわかるが、遠く故郷へ帰るのではなく、その故郷は近いところがある。遠いのはむしろ心の故郷。

ところが、加害者と被害者というカテゴリーでしてきたが、映画の中では法律を介入させていない。むしろ本人および次の世代の人が「内輪の話」にして、「公」に出さないように、という考えを持っている。自分で解決するという意志を持っているように思われる。

なので、映画は結局法律に裁かれるという結末ではなかったので、曖昧で不条理を残ったまま、悪い人間を「悪」ではなく、「欲望」に対する愚かさと弱さを抱え、そして破滅していくプロセス客観的にみせる。

なので、われわれ観る人は、教育されるのではなく、俯瞰的に観ることができる。なので、観て気持ちがよかった。

最近、スペインとか、フランス、イタリアの映画を観たくて、皆さんがお勧めの作品があれば、ぜひぜひ教えてください。

監督と俳優の名前も覚えてみる。

ちなみにぼくの記憶の悪さを証明する出来事をもうひとつ披露します。
映画館に行く前に西武新宿線で10年近く前に住んでいた寮を尋ねていった。なんと道に迷ってしまった。
幸い、近くにあるファミレスを覚えているので、親切なおばさんに教えてもらって尋ねた。しかし、その建物はすでに存在していない。

自分の過去とつながって行くものがどんどん消される。上海の家の近くもそう再開発され、市場、小学校、映画館は、みな緑地となってしまい、わけがあって、住んでいた石倉門の家だけが記念館となっている(ぼくの名前の記念館ではないけどね)。いま、チケットを買わないと入れないかもしれない。

そう嘆きながら、どうも近くの風景が違うように見える。道路の向こう側に農場らしき場所ではなかったはず…

家について、妻と話したら、やはり道一本間違ったそうです。
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by nschinese | 2008-01-16 10:10 | できごと

ぎりぎりで、上野国立博物館に京都五山、禅の展示会を見てきた。

毛越寺で見た彼岸世界をあらわす仏像を中心とした表現と違って、
新しく中国からきた禅は、修業を通して人々の心の中の仏性を発見することを目指すので、
師となる僧侶の像、羅漢像、釈迦の弟子の像を多く描いたり、彫刻したりした。

写実的、リアルな表情から精神性が伝わってくる。
やさしく包んでくれる菩薩像とは違って、敬意を持ちながらも、交流できそうな像だった。

とくに早期の僧侶像には、哀愁が漂う方が多い、身近な人間を想像させられる。

ある僧侶の像をじっと見ると、ある小児科のお医者さんのことが浮かんできた。

この先生は、患者が多いわりに、医院はかなり質素。よく割引するからでしょうか。
出してくれる薬はいつも同じだが、病状の進展についての予測はいつも的中される。
「病気はクスリで治るもんじゃないよ」。だから、先生がいつも同じクスリだねと思った記憶がある。「MI先生は、共産党かもしれないね」と思ったこともある。

なんでこんなに似ているのか、不思議に思う。
仏性ってなんだろう。
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by nschinese | 2007-08-27 17:05 | できごと

東京ドーム、二回目

数年前に、土曜日午前中のクラスには、男性ばかりだった。
会社の話のほか、野球の話がたびたび出てくる。
中国語の言い方を指導するところか、私はルールすら知らない人間。

この悩み(笑)を他のクラスのOKさんと相談したら、ぼくの会社は都市野球対抗に出場しているから、よかったら、招待券をどうぞ。
それは一回目の東京ドームだったが、残念なことにそれにしてもルールが分からなかった。

今度、その会社はまた東京ドームに進出し、そして、野球応援と焼き鳥+ビールという企画が立ち上がった。

前の日、東大で暑気払いがあって、台湾からの差し入れ「金門白酒」を飲んだばかり、58度の酒が喉を通すときに、ふわーとミントの香りがした。
小さい盃で5、6杯は飲んだ、と思う。次の日は意外に何もなかった。

そして、めでたくこの会社のチームが逆転勝利!おいしいビールも飲めた!

残念なのは、応援には間に合わないが、ビールだけ飲みたい!というメンバーたち。
終わる時間が分からないので、約束できなかった。

ところが、次の週にもイベントができた。それは後ほど。
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by nschinese | 2007-08-25 16:43 | できごと

東北旅行

土曜日(18日)から、東京も涼しくなってきたが、盛岡駅に降りたとき、温度差のせいでやや寒く感じた。
人口も少ない、景気もイマイチのこの町を歩くと、なぜか心が落ち着く。
ちょっと戸惑ったのは、信号が赤で車もないとき、道をわかるかどうか。
左右を見ると、高校生も待っていたので、渡るのをやめたが、それはルールを守るというべきか、それとものんびりしているせいか、いずれにしても、好感を持った。

夕方、在来線を乗って、一ノ関へ。電車が長く止ると、ホームに降りて、きれいな空気を吸う。

次の日は、今回旅行の目玉、平泉へ。
まずは、毛越寺の遺跡を尋ねる。公園の真ん中に湖があり、その後ろに寺があったと思われる。平安末期、この世(此岸)に住んでいる人間が、湖を越えて、あの世(彼岸)を象徴する毛越寺を眺めていた。
この構造を、京都の平等院ではじめて目にした時、かなり感銘を受けた。
浄土世界を信じていた人々の思いを想像してみた。

金で作られた未来世界(はるかの未来かな)を象徴するのは、金色堂だというのは、言うまでもない。
金が大量に掘り出されたから、藤原三代が京都の文化を平泉文化まで広げた。
それよりも、中国人として興味を持つのは、大量の金は、九州を通して海を渡って寧波という地に送られ、宋との貿易品だった。
そして展示室には、宋から持ちされた『一切経』(大蔵経)が陳列されている。

金色堂から徒歩15分ぐらいで、義経が自害の地といわれる丘に着いた。「判官びいき」という言葉の由来を知った。それにしても、ジンギスカンになったのは……

バスで仙台に向かって、賑やかな大都会だったので、ここで泊まったら、夏休みが終わってしまったじゃないかと、一人でつぶやいながら、松島への切符を入手。
中国人として仙台についたのに、魯迅先生関係の所を尋ねないのは、大変失礼なこととも思うが、ごめんなさい、またの機会で。

霧雨の中、松島に到着。文字通り、「松の木が茂る島」が絵に描かれたようだ。
ただし、波がなく、海風も感じられないし、暗くなって歩く人が少ない海岸。

あまり期待しないが、舟を乗って島を見回る前に、瑞岩寺に入ったが、
お寺よりも、仙台藩の伊達家の宿泊地、今で言うと、保養所のようなところが、ふすまに書いた絵も、中国の古典を題材とするものが多い、周文王と釣をしていた呂尚、不思議な笑顔で分かっている寒山拾得。

こういうものを見ていると、常々に思うが、
中国の古典を重んじ、特に漢字を代々使ってきた日本は、中国とはライバル関係でもあるが、精神的には極めて共通的な部分があるはずと思う。
やはり、世界中、漢字を大事にする国って主にこの2つではないか。
現在では、考え方、マナー、ルールについて様々な違い、対立する部分もあるが、
それは、長く共有されてきた流れの中で、それぞれが振り子の両極にあることに過ぎないかとも思った。
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by nschinese | 2007-08-20 15:53 | できごと

NHKスペシャル 激流中国

昨日の夜中、「NHKスペシャル 激流中国 富人と農民工」を見た後、心境はきわめて複雑。

友人と話したり、ネットで中国人の意見を見たりして、どうも中国人の意見がに分かれている。

一つは、中国のメンツを重んじる派。 
経済格差はたしかに激しいが、全体的に豊かになっていくことは否定できないし、直そうと努力している。日本のメディアは、煽情的に大きく捉えられると、また対中イメージを悪くするのではないか、と彼らが思う。(もちろん、事実に対して、彼らも悲しく思っている。)

もう一つは、中国の非を直視する派。
外国に居ても、国内に不平があれば、本を書いて、メディアを通して直すように促そうと努力する。NHKの構成に協力した中国人学者はきっとこう思っているのだろう。

日本人も同じだろうと思う。自国の社会に文句がたくさんあっても、外国人に言われたくない、急に自国にプライドを持つようになる。

でも、やはり、抽象的な国と国の間の競り合いよりも、普通に生きている人々(日本人でも中国人でも)が、すこしでもよい生活を送れることが、いちばん大事だなと思う。
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by nschinese | 2007-04-04 23:57 | できごと