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毎週、山が見える

高尾駅に降りて、山が目に入った。あ、すてき!
なぜかというと、
そこにある大学の非常勤が決まったので、これから毎週、山が見られるんだ。

大学で教えてみたいとはずっと思っていたが、活動したことがない。
今回は、非常に偶然なきっかけだった。

第二外国語だから、社会人のレッスンとは違うと、アドバイスしていただいた。
でも、やはりこの教室の楽しさを大学の教室にもっていきたいと考えています。

中国語の面白さを伝え、
責任者の先生に言われたように「すこしでも中国に好感をもってくれるよう」なレッスンをしたい。

それは面白い言葉だけではなく、
自分の心の持ち方や行動で示さないといけない……。

とにかく、小旅行のように、目的駅に着いたときに
毎週、山が見えることを楽しみにしています。ほんとうに。
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by nschinese | 2006-05-31 23:34 | できごと

ダ・ヴィンチ・コード

「ダ・ヴィンチ・コード」の評価は、いまいちのようだ。
「感動がない」、「面白さが足りない」、「小説を読むときの勝手の設定を壊した」などなど。

ぼくが小説を読んだことがないせいかもしれないが、
面白かった。見終わってから、妙にすっきりした気分だった。

あの可愛い主演の女優さんがインタビューで、
「本を読むのが面倒な人には、いいじゃない?」とこの映画を評価していた。
自分のことが言われたみたいだ。

さて、すっきりした理由は、

1、まず、ゲームをやった後の気分みたい。
 登場人物がそれぞれの歴史観を持っているから、それを想像しながら、関連付けながら、それはゲーム気分だ。

2、つぎに、作者のメッセージ性がはっきりしていたこと。

 登場人物がそれぞれの歴史観を持っているし、それにしたがって行動する。
 また歴史解釈の違いによって、戦争があり、流血があった。
 その歴史解釈を評価する基準は、真実よりも、平和への貢献度だと、私はこの映画をメッセージ性を理解している。

 東アジアには、宗教戦争がほとんど勃発しなかったが、自国文化に対する勝手の解釈によって喧嘩したりするのも、昔のことだけではない。
 
 ナショナリズム的なメッセージが強い映画よりも、この映画の作者が頭よくて、見てすっきりする。

 本には、こういったメッセージがあるかどうかは別だし、ただのゲームかもしれないが、見てすっきりした気分になって、とにかくよかった。

 感動と面白さがなくても、べつにいいじゃないか。
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by nschinese | 2006-05-29 12:50 | 映画

風花(かざばな)

私の中、映画を褒める基準の一つは、「見た後、仕事したくないなあ」。
たぶん、その基準で浅野忠信が出演する映画がすき、とくに『茶の味』が大好きだ。
茶の味


でも、昨日観た小泉今日子さんと共演する『風花』には、浅野忠信は似合わない文部省の役人の役を演じた。舞台は北海道。
風花


北海道(自然?)でリフレッシュして東京(仕事!)に帰ってくるそもそも「労働が目的」という発想ではないところが良いが、その後はどうなるの?といったところに映画が終わった。

仕事をしないわけにはいけない。だから、「休んでから頑張ろう」の映画よりも、「仕事をしたくない」映画の方が、バランスをとれるかなと、映画を見ながら思った。
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by nschinese | 2006-05-22 10:17 | 映画

中国語はかなり合理的な言葉?

中国語は入門しやすい言葉。その理由は中国語の合理性にあると思う。

なにをもって合理性といえるのも考えようによるが、
中国語の合理性は、単語を明確に説明できるところにあると思う。

つまり、単語は漢字の組み合わせによってできたのである。
それぞれの漢字に意味があり、一つの意味に一つの意味を足して、そして適宜に圧縮して単語が作られる。

たとえば、最初の授業にこのようなことを勉強する:

一杯茶    一本书     一个人  (一杯のお茶、一冊の本、一人
两杯茶   两本书    两个人  (二杯のお茶・・・
······
一些茶   一些书    一些人  (何杯かのお茶…

それらの頭に「这(この)」「那(その、あの)」をいれると以下のようになる:

这(一)杯茶   这(一)本书   这(一)个人
这两杯茶   这两本书   这两个人
······
这(一)些茶   这(一)些书   这(一)些人

括弧の中の数字は省略できる。
もともと、这 の発音 zhe と 一 の発音 yi とあわせてzhei と発音になる説もある。

つまり、「这些茶」(これらのお茶)とは、「这些」という「複数代名詞」をつけたからではなく、そもそも、「この何杯かのお茶」という発想から、圧縮してできたのである。

以上は一例に過ぎないが、単語の作り方(語源といってもいいかな)を理解すれば、その合理性も体感できるのであろう。
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by nschinese | 2006-05-15 22:59 | 勉強

象と吉宗

先週、家の近所に象小屋があった話を書いた後、本を読んだりして、一人で面白くてしょうがない。
これっていわゆる「マイブーム」ということでしょうか。

大庭 脩『江戸時代の日中秘話』に「象の旅」という章によると、吉宗は中国商人に象を話を詳しく尋ね、連れて来いと頼んだそうだ。

また下の『徳川吉宗と康煕帝』の「吉宗と漢籍」章によると、吉宗は「暴れん坊将軍」の一面がよく知られているが、漢籍の輸入研究、さらに逆輸出に熱心し、文治の一面もあった。
徳川吉宗と康煕帝
大庭 脩 / 大修館書店
スコア選択:

その中、とくに明治維新後の法律にもつながる明清法律関係書物を詳しく研究したこと、後の『教育勅語』の規範でもある『六諭衍義』を、琉球を通して手に入れ、訓解和訳を施したなど、明清王朝の政治手法へ強い関心を示した事実は、江戸幕府の「鎖国」の意味を再考させる。

その時代は、幕府と清政府は海上貿易の厳禁と緩和を繰り返した時代である。しかし商人たちは、時には密売や時には海賊と協力するのも辞せずに海上貿易を続けようとしていた。

彼らの多くは中国の福建、広東と浙江章の人。その象を舟に載せて、運んで来た中国人の名前は「鄭大威」。
私の祖母の名字も「鄭」である(中国は夫婦別姓)、田舎は広東北部の海岸部にある。
もしかして同じ村の人?勝手に想像したりして。

おそらく「鄭成功」とはなんらなかの関係があるだろう。
鄭成功は、「国姓爺」という名前で日本人に知られる。
中国では時には「反清復明」、時には「収復台湾」(オランダ人と戦って台湾をおさめた)と称えられる人物であるが、「海賊」の側面を有するのも事実である。
ただし、彼は日本人の母を持つことを、日本に来てはじめて知った。

それはさておき、いったい、吉宗はなぜ象を輸入したのか。それに2ヶ月かけて、長崎から江戸まで歩く、大変世を騒がせることをさせたのか。
私は、象のパレードを利用して、将軍さまの威信を高めるためかと推測するが、
昨日日曜日、本屋で立ち読みして、吉宗の時代から、民衆娯楽が盛んになり、江戸が武士の町から町人の町に変わりつつあるという評価をわかった。

たとえば、吉宗は、江戸の隅田川堤(向島)や飛鳥山(王子)、御殿山(品川) などに庶民のために桜を植えさせた。
そのことによって、貴族の楽しみだった花見が、「花より団子」、バカ騒ぐの形へ変わってきた。

また江戸では、異人、珍しい動物などの見世物が増え、興行ビジネスができた。
なるほど。後の源助が象小屋を建てて、ショーにして観客に見せるのも時代の流れだった。
ちょうどいまの中野坂上は青梅街道の終点で、いくつかの宿がある場所だった。

身近なことから歴史を想像する面白さをあらためて知った。。
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by nschinese | 2006-05-15 10:51 | できごと

象が住んでいた

教室の近くに宝仙寺という寺があり、戦前までは象の骨と牙を供えていた。
戦争中で空爆で焼かれてしまったが、一部だけ残っているらしい。

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象と関係がある札は、教室から家まで歩いている途中、よく見かける。
その象は、中国商人がベトナムから運んできて、徳川吉宗に献上したのである。
最初は夫婦二頭だったが、メスが病死し、オスだけ生き残った。
1729年3月~5月、長崎から歩いて江戸に着いた。

1741年、象使いがなくなったことがきっかけに、象を中野に住むエサや象のフンを処理する農民源助にあげた。
源助は、象のフンを天然痘とはしかの薬として売るし、象を受け取るのも、見せ物とするから、どうも評判が悪かった。
それは、象が好きで商売の対象にされたくない江戸っ子の気持ちの表れかもしれない。

源助の方もうまく行かなかった。
2年後象が病死し、将軍から頭の骨と牙をもらった。
さらに30年後、源助の子孫が、それを宝仙寺の和尚に売ったそうだ。


参考:

http://sakaue.vis.ne.jp/sanpo/sakaue/nakasaka.elephant.html
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by nschinese | 2006-05-11 15:56 | できごと

茶の味

私にとっては、お茶を飲むのは毎日欠かせなくことで、環境さえ許せば、一日中飲み続けるのです。授業の時も例外ではありません。

自分が買ったのと、皆さんからいただいたのと合わせて、たくさん種類のお茶を出しました。イギリスの紅茶、インドからの紅茶、ベトナムからの蓮茶も(全部プレゼント)あれば、主なのはもちろん、中国茶です。西湖龙井、冻顶乌龙、高山乌龙、普洱、茉莉花茶、桂花茶、碧落春、毛峰。自分が好きな菊の花茶(茶といっても菊の花だけ)も薦めました。

だけど、日本茶だけは出したことがありません。外国人として日本茶を出すのは失礼かな、どこかで思っているかもしれません。じつは日本茶は好きです。とくに最近、集中力を高めるには日本茶は飲み物の中に一番だと知り、仕事をする前に飲むようにします。

ところで、皆さんはお茶を淹れるときに、水温と浸出時間を確認しますか。
私は漠然と、ウーロンチャなら、高い温度がよい、緑茶はそうでもない、あと日本の煎茶なら、早く急須から出したほうがいいと知っているつもりです。

今日、家にある煎茶をチェックしたら、お茶によって違うみたいですね。40、50度のもあれば、80度のもあります。時間も2分か20秒かまちまちです。その通りに淹れたら、たしかにいつもより美味しいです。

よく味わうと、飲むより「食べている」気がしますし、最後にはほんのすこしの苦味と一緒に甘味が出てきます。道理でお茶受けがほしくなります。

中国茶は日本茶より味が薄いので、お茶受けはいりません。いえ、お茶受けがあると反論する方もきっといらっしゃいます。私も西湖でお茶を飲むときに、ナッツ、フルーツ、前菜までたくさん出されて、おまけにかなりいい値段でした。商売のためとしか思えません。それに甘いものが出されるのはあまりないです。

日本の煎茶は、中国の緑茶より、味が濃く、何かを食べている感じを(私に)させた理由は、おそらく「抹茶」の存在と関係があります。「抹茶」は宋代の中国から伝来し、明代になって煎茶の作り方ができ、中国では「抹茶」のような点茶法がなくなりました。

その影響で、中国人の茶に対する感性は日本とは違うじゃないかと思います。あくまでも個人の感覚かもしれないが、中国茶には渋みから出たさっぱりとした切れ味がとてもいいです。

中国では「清香」といいますが、この言葉は「すがすがしい香り」という意味もありますが、しかし、お茶の「清香」は、鼻で分かる香りではなく、舌しか分からない切れ味です。清橄榄(緑の)の食感でもあります。

中国茶でも、たとえばジャスミン茶なら、臭覚で分かる香りが特徴です。まさに日本のお茶関係の本に「官能的」と書かれているようです。甘みも結局同じじゃないかと思います。それはある限られているワールドに限られている感覚です。私たちの官能の世界に属します。でも、渋みからでてきたあの「清香」は、その官能の世界を否定し、自分を湖のような、青い空のような世界に導いてくれます。

旨いお肉を食べる時、お酒を飲む時の官能的な刺激も自分に幸せを感じさせますが(私は本当に満腹しただけで、幸せ感が涌いてくるときがあります)、理想のお茶に導かれて清い世界にいくときに幸せを意識しなくなるほど心が落ち着きます。

お茶を発明する人には本当に感謝です。
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by nschinese | 2006-05-07 23:29 | できごと

中国大陸のスパイアクション

「大型歴史サスペンスアクションの傑作。歴史の影で暗躍した諜報機関・中国共産党、その歴史の闇で展開されるスパイ合戦。秘密諜報機関701の戦いを描いた傑作!」

これはdionの『動画ざんまい』(名前がちょっと凄くない?)で放送されている中国大陸ドラマ『プロット・アゲインスト』の宣伝です。ドラマの中国語タイトルは『暗算』です。

全部で34話、いまは5話しかアップされていないが、一気に見ました。(GW中だからね)

舞台は四川省某所、時間は朝鮮戦争が勃発した頃です。日中戦争の時、国民党政府の首都は重慶に置かれたので、解放後も、そこには国民党のスパイが多数潜伏していました。彼らは電報で台湾と連絡し、指示を受けてから、爆発などの事件を起こしたと言われてます。

共産党にも昔地下組織の人たちが中心とする経験豊かなスパイ組織があり、彼らと戦っています。共産党の地下工作員で台湾にもいたみたいで、いまは彼らはなにをしているのでしょう。

ある日、共産党のスパイ組織が把握していた連絡用のラジオ局がすべて消失してしまい、台湾は新しい周波数や暗号で連絡するようになりました。それらを探し出すために、諜報機関701が遠く上海の下の烏鎮である耳のよい超能力者を探し、彼に仕事を頼みました。なんと、この人は耳は超人的だけど、目が見えない知力障害者でした。

中国の古鎮、古い建物に興味ある方にはお薦めですが、物語は皆さんにとって面白いかどうかは、保障できません。でも、私には面白くて懐かしかったです。

その時代生まれではありませんよ。まだそんなに年取っていません。自分の少年時代がこういう戦争映画をよく見たから懐かしかったのです。べつに軍国主義少年でもなく、戦争オタクでもなかったが、その時代、ほとんどの映画は戦争映画だったからです。

それだけでなく、遊んでいたゲームも、「スパイを捕まる」とか、偽者の人民解放軍の帽子の中に新聞紙を入れて、国民党の軍曹の帽子にしたりするのも遊びの一つでした。国民党は悪い人じゃないですか。一般的に、子供はいい人の役よりも、悪役を演じるのが楽しいです。

そのとき、マージャンは賭け事にするものだから禁止されていました。中国将棋は大丈夫でしたが、そのほかに陸戦棋があって、(あまり流行らなかったが、海戦棋にも一時熱心でした)大学に入ってからも、寮でみんなと一緒に陸戦棋の拡大版「四国大戦」をやっていました。

戦争映画を作る建前は、思想教育のためですが、しかし、戦争をゲーム化した私たち少年にとって、いや当時の大人にとっても、戦争映画はむしろ娯楽でした。とくにスパイ映画には推理の楽しみも隠されているので、余計面白いです。

話題は四川に戻りますが。この『暗算』はおそらくなにかの伝説に基づいて出来たのです。国民党にかった共産党諜報機関の中に、異人がいる、そして異人は大体障害者。これは、何百年来の武侠小説の中にはよくある話です。彼をめぐって不思議なことがいろいろ起き、物語が広げていきます。

じつは、同じ背景で『一双绣花鞋』という物語がありました。皆さんには信じ難いと思いますが、70年代、その小説は多くの人が手で書き写した写本です。自分は読んだことがないが、周りの自分よりすこし上の人がきっと読んだことがあります。きっとだれかが書き写したことがあると思います。要するにそれは禁書でした。他の有名な禁書に恋愛小説『第二次握手』がありました。

もちろん、いまはほとんど解禁され、去年、CCTVで『一双绣花鞋』を何話か見ました。長い連続ドラマだったから、決まった時間でテレビのまえに座るのが無理だし、録画するのも面倒でした。今は、ネットで5話ずつアップするそうで、いつでも見られるから、飽きるまで見ようかと思っています。
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by nschinese | 2006-05-04 00:45 | できごと