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ぎりぎりで、上野国立博物館に京都五山、禅の展示会を見てきた。

毛越寺で見た彼岸世界をあらわす仏像を中心とした表現と違って、
新しく中国からきた禅は、修業を通して人々の心の中の仏性を発見することを目指すので、
師となる僧侶の像、羅漢像、釈迦の弟子の像を多く描いたり、彫刻したりした。

写実的、リアルな表情から精神性が伝わってくる。
やさしく包んでくれる菩薩像とは違って、敬意を持ちながらも、交流できそうな像だった。

とくに早期の僧侶像には、哀愁が漂う方が多い、身近な人間を想像させられる。

ある僧侶の像をじっと見ると、ある小児科のお医者さんのことが浮かんできた。

この先生は、患者が多いわりに、医院はかなり質素。よく割引するからでしょうか。
出してくれる薬はいつも同じだが、病状の進展についての予測はいつも的中される。
「病気はクスリで治るもんじゃないよ」。だから、先生がいつも同じクスリだねと思った記憶がある。「MI先生は、共産党かもしれないね」と思ったこともある。

なんでこんなに似ているのか、不思議に思う。
仏性ってなんだろう。
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by nschinese | 2007-08-27 17:05 | できごと

東京ドーム、二回目

数年前に、土曜日午前中のクラスには、男性ばかりだった。
会社の話のほか、野球の話がたびたび出てくる。
中国語の言い方を指導するところか、私はルールすら知らない人間。

この悩み(笑)を他のクラスのOKさんと相談したら、ぼくの会社は都市野球対抗に出場しているから、よかったら、招待券をどうぞ。
それは一回目の東京ドームだったが、残念なことにそれにしてもルールが分からなかった。

今度、その会社はまた東京ドームに進出し、そして、野球応援と焼き鳥+ビールという企画が立ち上がった。

前の日、東大で暑気払いがあって、台湾からの差し入れ「金門白酒」を飲んだばかり、58度の酒が喉を通すときに、ふわーとミントの香りがした。
小さい盃で5、6杯は飲んだ、と思う。次の日は意外に何もなかった。

そして、めでたくこの会社のチームが逆転勝利!おいしいビールも飲めた!

残念なのは、応援には間に合わないが、ビールだけ飲みたい!というメンバーたち。
終わる時間が分からないので、約束できなかった。

ところが、次の週にもイベントができた。それは後ほど。
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by nschinese | 2007-08-25 16:43 | できごと

東北旅行

土曜日(18日)から、東京も涼しくなってきたが、盛岡駅に降りたとき、温度差のせいでやや寒く感じた。
人口も少ない、景気もイマイチのこの町を歩くと、なぜか心が落ち着く。
ちょっと戸惑ったのは、信号が赤で車もないとき、道をわかるかどうか。
左右を見ると、高校生も待っていたので、渡るのをやめたが、それはルールを守るというべきか、それとものんびりしているせいか、いずれにしても、好感を持った。

夕方、在来線を乗って、一ノ関へ。電車が長く止ると、ホームに降りて、きれいな空気を吸う。

次の日は、今回旅行の目玉、平泉へ。
まずは、毛越寺の遺跡を尋ねる。公園の真ん中に湖があり、その後ろに寺があったと思われる。平安末期、この世(此岸)に住んでいる人間が、湖を越えて、あの世(彼岸)を象徴する毛越寺を眺めていた。
この構造を、京都の平等院ではじめて目にした時、かなり感銘を受けた。
浄土世界を信じていた人々の思いを想像してみた。

金で作られた未来世界(はるかの未来かな)を象徴するのは、金色堂だというのは、言うまでもない。
金が大量に掘り出されたから、藤原三代が京都の文化を平泉文化まで広げた。
それよりも、中国人として興味を持つのは、大量の金は、九州を通して海を渡って寧波という地に送られ、宋との貿易品だった。
そして展示室には、宋から持ちされた『一切経』(大蔵経)が陳列されている。

金色堂から徒歩15分ぐらいで、義経が自害の地といわれる丘に着いた。「判官びいき」という言葉の由来を知った。それにしても、ジンギスカンになったのは……

バスで仙台に向かって、賑やかな大都会だったので、ここで泊まったら、夏休みが終わってしまったじゃないかと、一人でつぶやいながら、松島への切符を入手。
中国人として仙台についたのに、魯迅先生関係の所を尋ねないのは、大変失礼なこととも思うが、ごめんなさい、またの機会で。

霧雨の中、松島に到着。文字通り、「松の木が茂る島」が絵に描かれたようだ。
ただし、波がなく、海風も感じられないし、暗くなって歩く人が少ない海岸。

あまり期待しないが、舟を乗って島を見回る前に、瑞岩寺に入ったが、
お寺よりも、仙台藩の伊達家の宿泊地、今で言うと、保養所のようなところが、ふすまに書いた絵も、中国の古典を題材とするものが多い、周文王と釣をしていた呂尚、不思議な笑顔で分かっている寒山拾得。

こういうものを見ていると、常々に思うが、
中国の古典を重んじ、特に漢字を代々使ってきた日本は、中国とはライバル関係でもあるが、精神的には極めて共通的な部分があるはずと思う。
やはり、世界中、漢字を大事にする国って主にこの2つではないか。
現在では、考え方、マナー、ルールについて様々な違い、対立する部分もあるが、
それは、長く共有されてきた流れの中で、それぞれが振り子の両極にあることに過ぎないかとも思った。
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by nschinese | 2007-08-20 15:53 | できごと