<   2008年 01月 ( 2 )   > この月の画像一覧

指紋が消えていく?

从去年起,日本执行要求外国人按手纹的制度。反对者大有人在。但我觉得如果有助于日本的安全,也无须过于敏感。

问题是,这项制度不要影响到对外国人的歧视意识,在这一点上,本人与反对者的想法并无二致。这且按下不表。

今天去了入国管理局。听说登记指纹后,从海外进入日本时可以选择走自动门,那就预先登记吧。

可不知为何,在指纹采集机上按了数次,柜台对面的女士还是不露出笑脸。她取出粘乎乎的液体涂在我的指尖,可还是不行。最后移动了按在机器上的手指的位置,好不容易才OK了。

“常用手指工作的人,指纹会变淡吧。”她说。我常用手指?况且是左手的食指!

说不定该怪电脑键盘吧。

回来的路上,在公共汽车里胡思乱想,有一弊必有一利,指纹淡的优点何在呢?
答案是想出了一个,但不光彩,还是不言为好。

去年から、外国人に対して指紋を採取する制度が導入された。その制度に反発する人もいるが、日本を安全な国にすることにつながるならば、いいじゃないかと思う。

問題は、そういう制度が外国人に対する差別意識につながってはいけない。この点においては、反発する人の考えとは一致している。

このことはともかくにして。

じつは今日は入国管理局に行ってきた。指紋を登録すれば、海外から日本に戻ってくるときに、自動化ゲートを通れると言われたので、やってみた。

ところが、指紋採取の機械にひとさし指を何回あてても、係りの人が困っている顔がする。
彼女はぬるぬるの液体を出して塗ってくれて、それにしてもうまく行かない。最後、機械に当てる場所を変えたりしてやっとOKが出た。

「指先をよく使う職業の方ならうすいかも」と説明してくれたが、ぼくは指先をよく使うかな? それに取りにくかったのは左指だった。

キーボートを叩きすぎたせい?

帰りのバスに指紋がうすいとどんなメリットがあるかと考えてみた。
ひとつ思いついたが、不名誉なことなので、言わないことにしよう。

[PR]
by nschinese | 2008-01-22 22:27 | 日記

ボルベール〈帰郷〉を観た

陽が出て、昨日よりはずいぶん暖かく感じます。
長く放置していたブログを、今日は長く書きたい気持ちである。

ぼくは、カタカナの名前を覚えるのが苦手で、欧米人はともかく、韓国人のスターも漢字の名前を教えてもらいたい。
「ペドロ・アルモドバル」というスペイン人監督の名前を覚えたい。

彼が撮った「トーク・トゥ・ハー」が大好きで、新作「 ボルベール〈帰郷〉 」は気になっていた。
ちょうど昨日大変な仕事が終わって調べたら、早稲田松竹で二本立て(1300円)で上映されていた!

もう一本は同監督の半自伝作品「バッド・エデュケーション」。神学生が神父さんの性的虐待(現代社会的な解釈によると)を受けてから、欲望が同性に向かうようになった話。つまり、監督さんも(現代社会的に見れば)「異常」性欲を持っていることになる。
そもそも「異常かどうか」は、相対化しつつあるし、むしろこのようにあえて「異常」と書くと、抗議されるほど不謹慎な行動とされかねない今の時代である。

それはともかく、「ボルベール」も結局、親近相姦の話である。
(ただし極めて美しく映っていたので全然重い映画ではない。)
要するに、彼の映画に異常な欲望(主に性欲)をもつ人、それの被害者の生活が主題となるのが多い。

被害者はすでにフツウに生活していたが、なにかのきっかけでまた過去とつながりを持つようになり、その過去と直面しなければならない状況に陥っていく。それは「帰郷」の意味でしょう。

この映画を観てもわかるが、遠く故郷へ帰るのではなく、その故郷は近いところがある。遠いのはむしろ心の故郷。

ところが、加害者と被害者というカテゴリーでしてきたが、映画の中では法律を介入させていない。むしろ本人および次の世代の人が「内輪の話」にして、「公」に出さないように、という考えを持っている。自分で解決するという意志を持っているように思われる。

なので、映画は結局法律に裁かれるという結末ではなかったので、曖昧で不条理を残ったまま、悪い人間を「悪」ではなく、「欲望」に対する愚かさと弱さを抱え、そして破滅していくプロセス客観的にみせる。

なので、われわれ観る人は、教育されるのではなく、俯瞰的に観ることができる。なので、観て気持ちがよかった。

最近、スペインとか、フランス、イタリアの映画を観たくて、皆さんがお勧めの作品があれば、ぜひぜひ教えてください。

監督と俳優の名前も覚えてみる。

ちなみにぼくの記憶の悪さを証明する出来事をもうひとつ披露します。
映画館に行く前に西武新宿線で10年近く前に住んでいた寮を尋ねていった。なんと道に迷ってしまった。
幸い、近くにあるファミレスを覚えているので、親切なおばさんに教えてもらって尋ねた。しかし、その建物はすでに存在していない。

自分の過去とつながって行くものがどんどん消される。上海の家の近くもそう再開発され、市場、小学校、映画館は、みな緑地となってしまい、わけがあって、住んでいた石倉門の家だけが記念館となっている(ぼくの名前の記念館ではないけどね)。いま、チケットを買わないと入れないかもしれない。

そう嘆きながら、どうも近くの風景が違うように見える。道路の向こう側に農場らしき場所ではなかったはず…

家について、妻と話したら、やはり道一本間違ったそうです。
[PR]
by nschinese | 2008-01-16 10:10 | できごと