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似水年華

f0011015_10364961.jpg上海近くにある烏鎮(wūzhèn)は、日帰りツアーができたため、賑やかになってきたが、数年前は静かなところだった。

もともと上海一帯は、川が町の中を流れて、豊かな水資源に恵まれたが、上海が都市化を進めた中で、たくさんの川を埋めた。いまは道の名前としていくつか残っている。

川というのは、流れていくもの、去っていくものである。
ぼーとしていても、時間だけが去っていく。

だから、孔子が川辺で嘆いた。「子在川上曰,逝者如斯夫,不舎昼夜」(過ぎ去っていくものはこれと同じだ。昼も夜もいつまでも流れていく」。

だから「川の流れのように ゆるやかにいくつも 時代は過ぎて」なのだ。
(これは、私の発明でない。カラオケの時に、美空ひばりの歌が流れる時に、「この歌のイメージは論語からきたのよ」と日本人の先生が教えてくれた。本当かな?!)

年華とは「時間」「時代」のことで。「花様年華」は、「花のような時代」で、それは一番良い時期という意味もあるし、良い時代だったというニュアンスもある。

「似水年華」は、「川のように流れていく時代」であって、「なにもしないことにもったいない」意味もあるし、また流れているが、いつまでもそこらへんにある川の意味もある。

数十年、この町で暮してきたお爺ちゃんにとっても、北京から戻ってきた大学院生にとっても、台湾(賑やかな世界)からやってきてデザイナーにとっても、烏鎮という町は、まさにこのようなイメージの場所だろう

今週から、中級クラスでこのドラマをテキストとして勉強し始めた。

日中通信社(http://www.long-net.com/sishui/)がDVD付き、さらに中日の字幕を全部載せた雑誌を発売した。本当に頑張っていますね。楽しみにしています。
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by nschinese | 2008-03-28 11:04 | 映画

洋の東西を問わず

f0011015_104178.jpg中華系の監督は西洋人の役者を使って、映画作りをするのがただ一時の流行りか、それとも、ある種の欲求の現われか。

ウォン・カーウァイ監督の『マイ・ブルーベリー・ナイツ』を観ると、世界に向かって何かを訴えたい気持ちを強く感じられる。
それは、中華ワールドを生きてきた、中華という文化的な要素の中から生まれてきた物語り、感情の仕方よりも、もっと普遍的な哲学のようなもの。

f0011015_9524372.jpgこの映画を観ると、どうしても『花様年華』を思い出す。「争うのが苦手」な人が、まっすぐに道路を渡ろうとしない、遠回りしてまう。過ぎ去っていく現実から気持ちを断つ事ができない。形のないものをもらおうとする。それに形のないものだけ心に残る。

オフィシャルサイト http://www.blueberry-movie.com/ を観てもわかるように、女の主人公が突然消えていく。数ヶ月に電話でもなく、メールでもなく、葉書が男の主人公の店にとどく。この物語の形は村上春樹の小説の中で頻繁に消えていく人とはどうしても被ってしまう。

ウォン・カーウァイ監督はじつは春樹ワールドの一ファンで、『恋する惑星』の中国語タイトルは『重慶森林』で、つまり「重慶の森」だ。

f0011015_9112554.jpgちなみに、『マイ・ブルーベリー・ナイツ』の中国語タイトルは《蓝莓之夜》。この「私の」が省略されたところは、私的には納得できない。なぜかというと、彼女の一人のために、彼が1年間ずっと売れないブルーベリーを作ったなのに。
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by nschinese | 2008-03-28 10:22 | 映画

コンサートのお知らせ

本教室の先生の一人だった、私の友人である徐潔さんはいま北京で活躍しています。
4月始めのコンサートのために来日しています。
ご興味をお持ちの方は、どうぞご参加ください。

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天井に大きな包(パオ)のある
アジアンな空間「ろまらくだ」で
中国の曲、クラシック、オリジナルなど
3 人に縁のある曲を演奏します真空
共鳴ⅠVIOLIN CELLO GUITAR
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ヴァイオリン
徐潔
ギターfrom 北京
志田保郎
作編曲・チェロ
珠希真利

2008 4.6(日)
13:00 開場 13:30 開演
入場料:3500 円(1 ドリンク付)
ろまらくだ驢馬駱駝
中野区東中野2-25-6 9 階
(03-3366-1310 当日のみ)

東中野駅西口より徒歩1 分
1 階はアフガニスタン料理店。お勧めです。
お問い合わせ先 080-5457-5450(真空共鳴コンサート事務局)
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by nschinese | 2008-03-27 11:41 | 教室

中国語を教える心得

中国では「教学互長」という言葉がある。つまり、「教える」と「教わる」はお互いにプラスになる。私も、大学院時代の個人レッスンを含め、通算10年以上教えてきた経験の中で、学生から多くのことを学び、勉強者の立場になって教える方法を探すようになってきた。

ここで述べる心得は、一般論としての中国語教授法ではなく、あくまで「中野坂上中国語教室」という環境の中で経験して得たものである。
この「環境」とは、まず(1)少人数のクラス。最低3人で、満員クラス+振り替えに来る方で7人になる賑やかなときもたまにある。
それに(2)皆さんはほとんど20‐40代の社会人。平日なら仕事の後、または貴重な土日の時間を使ってレッスンにいらしている。その中には、片道1時間以上の時間を費やす方も含まれている。
さらに(3)月謝制なので月の終わりか初めに月謝をいただく。不満があれば、来月からやめられる制度である。変な言い方ですが、水商売と同じで、来月からお客さんが一人いないかもしれない。

このような制度なので、学生が一番学びたいときだけに商売として成り立つ。モチベーションが下がったらもう終わりだ。また仕事に、自分の趣味に忙しい年齢層の人ばかりなので、金銭よりも時間を無駄にしたくない。ゆえに、いかにモチベーションを保つか、充実に時間を過ごしてもらえるかに、成敗の鍵がある。

こういう風に言ってくると、先生というよりも、商売人に聞こえるかもしれない。もっとも、思い切って考えれば、語学教室はサービス業と言っても良いのではないか。そもそも制度上でも補助金がもらえる学校とは別のカテゴリーに属している。

それにしても、私にとっては、向上心が旺盛で忙しく、そして中国に好感をもつ学生のためにサービス業を提供することをむしろ誇らしく思うし、サービスで一番大切なのは、楽しいことと自分なりに理解している。学生が長く勉強を続けることは、自分のためにもなり、そもそも学生が途中で挫折しないためなのである。自分のエネルギーは、学生募集よりも、長く勉強してもらうことに注ぎたいと、ずっと思っている。

問題は、学生にとって一番楽しいことは何かということである。私なりに出した答えは、「話せるようになった!」である。
「話せること」を目指すゴールとするからには、「話せること」を直接にアプローチしていく。これは私の考えの出発点と言えるかもしれない。

じつは、私が初めてクラスを作ったきっかけは、「キーワードで勉強する中国語」というメールマガジンを発想し、それを媒体として学生募集をした(購読者は最多時に3000人以上)。数回発行してから、募集広告を出してすぐに5人が集まった。

メールマガジンを通じて、すでに親近感を持ってくれた学生なので、教室(当時は時間で貸してくる貸しスペースだった)に入ってすぐ私に「先生、私は文法が苦手です。私たちは中国語の文法を習うのではなく、中国語を習いたいです。中国語を話したいのです」と言った。

私自身としては、朗読や暗記ばかりのレッスンは、好きではない。むしろ文法説明に興味がある。「キーワードで勉強する中国語」も、中国語の文法をシステム的に分かり易く説明するという趣旨で発行したものだ。

ところで、教える人にとって、落とし穴がある。「先生にとって面白いところは、大体生徒さんにとって面白くない」という言葉がある本で読んだ後に印象深く残った。理由は簡単である。先生がその分野について多くの知識をもつ人間として疑問に思う点は、白紙状態に近い学生とは違うからだ。

ネイティブの語学先生の場合はなおさらである。日本人の立場に立って、いかに知識をシステム的にインプットするか、いや、むしろ、いかに中国語を話す技能を身につけてもらえるかが、なによりも大切なことだ。

私は、最初やはり文法説明に力を入れていた。できるだけ日本語と比較しながら説明していく。自分の日本語はもちろん上手とは言えない、ところが学生は暖かく見守ってくれて、教えてくれたり、一緒に考えてくれたりした。同年代か、やや若い人がほとんどなので、友達のような雰囲気だった。分からないときは分からないと言い、説明が躓いたら、もう一度やり直す。その当時の学生は勉強を長く続けただけでなく、いまは台湾や大陸で仕事をしている。ここで私が新米の先生に言いたいのは、日本語がまだよくないから、うまく説明できないなどと思わずに、生徒の発想に耳を傾けて、それに沿って説明を試みていこうということだ。

次第に固まった説明の仕方は、まず大原則を説明する、そして皆さんに作文してもらって、そこで疑問を思うところについて解説し、細かいルールをつめていくプロセスである。

この方法のポイントは、勉強者が自ら問題を発見することにあり、少人数なのでだれにも気兼ねなく質問できる。先生が答えることで正しい理解に誘導していく方法である。もともと学生の多くは記憶力よりも理解力が優れている社会人で、それに勉強したい気持ちが一番満ちている時に来ているので、みな積極的に質問する。パズルを解くみたい、頭の体操みたいという声もよく聞こえる。
作文する時も、「去年北京に行きました」と教えたら、「去年上海に行きました」と単純に繰り返す人は極少なく、すぐに「去年上海に旅行に行きました」と言おうとする。そこで授業にいい流れができて、リズムよく展開していく。

このようにして、文法説明と「話す」が一体化し、皆さんも常に頭を活発に使う状態になる。ところが、それだけでは、まだ会話能力が育たない。ある程度文法知識を身につけてから、レッスンの半分の時間を会話に移す。簡単な言葉だけでも、伝えられることがたくさんある。最初は無理だと思い込んでいた学生も話してみたら、意外に話せる!ことを実感できる。

普通の語学教育は、「文法知識」「暗記」「応用」というプロセスに沿っている。それはクラス人数が多い、学校の学生を対象に確立してきたプロセスである。私が目指しているのは、「話す」を手段として、「話せる」をゴールとする方法で、ストレートで無駄がないのではないかと思う。

「話す」ことには重要な大きなパワーが潜んでいる。
まず(1)外国語を「話す」とき、「聞く」よりも10倍、「黙読つまり目で読む」よりも100倍に脳に刺激を与えていると言える。ただし、気をつけるべきなことは、一般的な学校でやっているような、家で作文して教室で朗読するやり方は、「話す」とは違う。それは作文の延長にすぎない。「話す」とは、その場で脳の中で考えていくことを言葉にすること。これによって脳に刺激を与え、言葉のルール(文法)を覚えていくことが可能となるのである。

また(2)人間は失敗から学ぶ動物だ。単語だけ変えて、正解に近いセンテンスを作る作文はよくない理由もそこにある。失敗しないと新しいものを身につけることができない。作文するとき、間違う可能性が大きければ大きい方がいい。おかしいぐらいなことを言って、大笑いを起こすぐらいがいい。リラックス効果があるだけでなく、おかしいぐらいの失敗を生かして、脳に深い印象を与える役割が潜んでいるためだ。

さらに(3)内容をよく考えて、単語を下調べしてから話すのは一番望ましい。忙しいから、それができない方は、話題を提供する程度の短い話でもかまわない。クラスの皆さんが全員順番に質問するので、話はだんだん広がっていく。この「質問応答」こそ、本当の会話である。そもそも中国語を習う目的は、中国人との「質問応答」ではないだろうか。

おまけの効果は、もともと違う業界で働く皆さんはなにかの縁でこの場で知り合ったわけで、このような和やかな雰囲気での和気藹々とした会話を通して、お互いの生活、気持ち、考えを知りあって、睦ましい人間関係を作っていく勉強者も多い。中国語での会話が良いコミュニケーションの道具になった。外国人である私も、日本人の思いやりのある、向上心溢れる、淡々とした生活態度及び友情を知ることができ、貴重なものをたくさんいただいた。また、このような会話能力が中国人との間の良いコミュニケーションの道具にもなるよう、切に願っている。

このように教えてきた中で、ある成績がかなり優秀の学生が、私のやり方を肯定してくれた。彼の言葉を借りれば、「一番知りたいところを教えてくれるのがとてもありがたい」と。「話す」を中心とする教え方法のメリットはまさにそこにあるのだろう。

彼はまた「コーチング」という考え方を教えてくれた。私の理解では、「ティーチング」は、学生に知識を解説し、細かい目標を設定し、真似してもらう方法である。それに対して「コーチング」は、実践の中で、やっている人の問題解決の手助けをする方法である。語学は、教える部分もかなりあるが、「話す」というスキル(技能)を考えると、「コーチング」的な要素を大きく取り入れるべきだ。こういう意味で、語学はスポーツに近いと言えるかもしれない。

もっとも、学生の会話に付き合い、間違いを一つの正解をもって直すのは、どのネイティブの人もできることであって、それしかできない先生は失格だと思う。上級者に対しては、間違いを直すと同時に、その表現と関連する説明も欠かせない。初級者を教える場合、先生の中ではっきりとした文法地図を持たないと、路を案内することができない。いつまでも森の中で迷っている学生を外に連れ出すことができない。

いま、本教室には数名の先生がいる。教える場合、それぞれの個性があるけれども、以上述べてきたものをひとつの方向としている。試行錯誤を経て修正していこうと思うと同時に、このような考えに賛同してくれる先生も歓迎しています。
多くの学生がここで中国語を話せるようになっていくことをたいへん楽しみにしています。
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by nschinese | 2008-03-18 21:48 | 勉強