花見 ( 赏樱花 )

皆さんは、お花見をしましたか。

我が家族は、花見をしたついでに、大蔵大臣のお宅で茶そばをいただきました。
エイプリルフールのウソだと思わないでね。本当のことです。

小金井公園に、江戸東京たてもの園という場所があって、昔の建物を運んできて、展示するところです。赤坂にあった高橋是清大蔵大臣の家では、「茶屋」という看板をつけて、そば、うどん、おにぎりなどを出しています。うすくらい和室で、メニューが置いてあって、お客さんが電話で注文する形です。

西ゾーンに『三町目の夕日』よりも古い時代を思い出させる下町の建築群があって、竹馬に乗ったり、コマをまわすなど、子供も大人も楽しめます。

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大家去赏樱花了吗?

我家今年不仅赏了樱花,还顺路在大藏大臣的豪宅里品尝了一碗茶叶荞麦面呢。
你一定以为今天是“愚人节”,所以我乱开玩笑吧。 这可是真的噢。

在小金京公园里有一个“江户东京建筑园”,把以前的建筑都搬来,放在那儿展览。原来在赤坂的高桥是清大藏大臣(他在著名的二、二六事件中被杀,而事件就发生在那宅子里)家门口,立着一块“茶屋”的招牌,里面卖的是荞麦面、乌东面、饭团。昏暗的和式榻榻米房间里,放着菜谱,客人要自己打电话才能点面条。

西区建筑群让人仿佛回到了比电影《三町目的夕阳》更久以前的时代,那里可以玩骑竹马、抽陀螺等,大人孩子都能玩得很爽。
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# by nschinese | 2008-04-01 10:21 | 日記

似水年華

f0011015_10364961.jpg上海近くにある烏鎮(wūzhèn)は、日帰りツアーができたため、賑やかになってきたが、数年前は静かなところだった。

もともと上海一帯は、川が町の中を流れて、豊かな水資源に恵まれたが、上海が都市化を進めた中で、たくさんの川を埋めた。いまは道の名前としていくつか残っている。

川というのは、流れていくもの、去っていくものである。
ぼーとしていても、時間だけが去っていく。

だから、孔子が川辺で嘆いた。「子在川上曰,逝者如斯夫,不舎昼夜」(過ぎ去っていくものはこれと同じだ。昼も夜もいつまでも流れていく」。

だから「川の流れのように ゆるやかにいくつも 時代は過ぎて」なのだ。
(これは、私の発明でない。カラオケの時に、美空ひばりの歌が流れる時に、「この歌のイメージは論語からきたのよ」と日本人の先生が教えてくれた。本当かな?!)

年華とは「時間」「時代」のことで。「花様年華」は、「花のような時代」で、それは一番良い時期という意味もあるし、良い時代だったというニュアンスもある。

「似水年華」は、「川のように流れていく時代」であって、「なにもしないことにもったいない」意味もあるし、また流れているが、いつまでもそこらへんにある川の意味もある。

数十年、この町で暮してきたお爺ちゃんにとっても、北京から戻ってきた大学院生にとっても、台湾(賑やかな世界)からやってきてデザイナーにとっても、烏鎮という町は、まさにこのようなイメージの場所だろう

今週から、中級クラスでこのドラマをテキストとして勉強し始めた。

日中通信社(http://www.long-net.com/sishui/)がDVD付き、さらに中日の字幕を全部載せた雑誌を発売した。本当に頑張っていますね。楽しみにしています。
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# by nschinese | 2008-03-28 11:04 | 映画

洋の東西を問わず

f0011015_104178.jpg中華系の監督は西洋人の役者を使って、映画作りをするのがただ一時の流行りか、それとも、ある種の欲求の現われか。

ウォン・カーウァイ監督の『マイ・ブルーベリー・ナイツ』を観ると、世界に向かって何かを訴えたい気持ちを強く感じられる。
それは、中華ワールドを生きてきた、中華という文化的な要素の中から生まれてきた物語り、感情の仕方よりも、もっと普遍的な哲学のようなもの。

f0011015_9524372.jpgこの映画を観ると、どうしても『花様年華』を思い出す。「争うのが苦手」な人が、まっすぐに道路を渡ろうとしない、遠回りしてまう。過ぎ去っていく現実から気持ちを断つ事ができない。形のないものをもらおうとする。それに形のないものだけ心に残る。

オフィシャルサイト http://www.blueberry-movie.com/ を観てもわかるように、女の主人公が突然消えていく。数ヶ月に電話でもなく、メールでもなく、葉書が男の主人公の店にとどく。この物語の形は村上春樹の小説の中で頻繁に消えていく人とはどうしても被ってしまう。

ウォン・カーウァイ監督はじつは春樹ワールドの一ファンで、『恋する惑星』の中国語タイトルは『重慶森林』で、つまり「重慶の森」だ。

f0011015_9112554.jpgちなみに、『マイ・ブルーベリー・ナイツ』の中国語タイトルは《蓝莓之夜》。この「私の」が省略されたところは、私的には納得できない。なぜかというと、彼女の一人のために、彼が1年間ずっと売れないブルーベリーを作ったなのに。
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# by nschinese | 2008-03-28 10:22 | 映画

コンサートのお知らせ

本教室の先生の一人だった、私の友人である徐潔さんはいま北京で活躍しています。
4月始めのコンサートのために来日しています。
ご興味をお持ちの方は、どうぞご参加ください。

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天井に大きな包(パオ)のある
アジアンな空間「ろまらくだ」で
中国の曲、クラシック、オリジナルなど
3 人に縁のある曲を演奏します真空
共鳴ⅠVIOLIN CELLO GUITAR
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ヴァイオリン
徐潔
ギターfrom 北京
志田保郎
作編曲・チェロ
珠希真利

2008 4.6(日)
13:00 開場 13:30 開演
入場料:3500 円(1 ドリンク付)
ろまらくだ驢馬駱駝
中野区東中野2-25-6 9 階
(03-3366-1310 当日のみ)

東中野駅西口より徒歩1 分
1 階はアフガニスタン料理店。お勧めです。
お問い合わせ先 080-5457-5450(真空共鳴コンサート事務局)
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# by nschinese | 2008-03-27 11:41 | 教室

中国語を教える心得

中国では「教学互長」という言葉がある。つまり、「教える」と「教わる」はお互いにプラスになる。私も、大学院時代の個人レッスンを含め、通算10年以上教えてきた経験の中で、学生から多くのことを学び、勉強者の立場になって教える方法を探すようになってきた。

ここで述べる心得は、一般論としての中国語教授法ではなく、あくまで「中野坂上中国語教室」という環境の中で経験して得たものである。
この「環境」とは、まず(1)少人数のクラス。最低3人で、満員クラス+振り替えに来る方で7人になる賑やかなときもたまにある。
それに(2)皆さんはほとんど20‐40代の社会人。平日なら仕事の後、または貴重な土日の時間を使ってレッスンにいらしている。その中には、片道1時間以上の時間を費やす方も含まれている。
さらに(3)月謝制なので月の終わりか初めに月謝をいただく。不満があれば、来月からやめられる制度である。変な言い方ですが、水商売と同じで、来月からお客さんが一人いないかもしれない。

このような制度なので、学生が一番学びたいときだけに商売として成り立つ。モチベーションが下がったらもう終わりだ。また仕事に、自分の趣味に忙しい年齢層の人ばかりなので、金銭よりも時間を無駄にしたくない。ゆえに、いかにモチベーションを保つか、充実に時間を過ごしてもらえるかに、成敗の鍵がある。

こういう風に言ってくると、先生というよりも、商売人に聞こえるかもしれない。もっとも、思い切って考えれば、語学教室はサービス業と言っても良いのではないか。そもそも制度上でも補助金がもらえる学校とは別のカテゴリーに属している。

それにしても、私にとっては、向上心が旺盛で忙しく、そして中国に好感をもつ学生のためにサービス業を提供することをむしろ誇らしく思うし、サービスで一番大切なのは、楽しいことと自分なりに理解している。学生が長く勉強を続けることは、自分のためにもなり、そもそも学生が途中で挫折しないためなのである。自分のエネルギーは、学生募集よりも、長く勉強してもらうことに注ぎたいと、ずっと思っている。

問題は、学生にとって一番楽しいことは何かということである。私なりに出した答えは、「話せるようになった!」である。
「話せること」を目指すゴールとするからには、「話せること」を直接にアプローチしていく。これは私の考えの出発点と言えるかもしれない。

じつは、私が初めてクラスを作ったきっかけは、「キーワードで勉強する中国語」というメールマガジンを発想し、それを媒体として学生募集をした(購読者は最多時に3000人以上)。数回発行してから、募集広告を出してすぐに5人が集まった。

メールマガジンを通じて、すでに親近感を持ってくれた学生なので、教室(当時は時間で貸してくる貸しスペースだった)に入ってすぐ私に「先生、私は文法が苦手です。私たちは中国語の文法を習うのではなく、中国語を習いたいです。中国語を話したいのです」と言った。

私自身としては、朗読や暗記ばかりのレッスンは、好きではない。むしろ文法説明に興味がある。「キーワードで勉強する中国語」も、中国語の文法をシステム的に分かり易く説明するという趣旨で発行したものだ。

ところで、教える人にとって、落とし穴がある。「先生にとって面白いところは、大体生徒さんにとって面白くない」という言葉がある本で読んだ後に印象深く残った。理由は簡単である。先生がその分野について多くの知識をもつ人間として疑問に思う点は、白紙状態に近い学生とは違うからだ。

ネイティブの語学先生の場合はなおさらである。日本人の立場に立って、いかに知識をシステム的にインプットするか、いや、むしろ、いかに中国語を話す技能を身につけてもらえるかが、なによりも大切なことだ。

私は、最初やはり文法説明に力を入れていた。できるだけ日本語と比較しながら説明していく。自分の日本語はもちろん上手とは言えない、ところが学生は暖かく見守ってくれて、教えてくれたり、一緒に考えてくれたりした。同年代か、やや若い人がほとんどなので、友達のような雰囲気だった。分からないときは分からないと言い、説明が躓いたら、もう一度やり直す。その当時の学生は勉強を長く続けただけでなく、いまは台湾や大陸で仕事をしている。ここで私が新米の先生に言いたいのは、日本語がまだよくないから、うまく説明できないなどと思わずに、生徒の発想に耳を傾けて、それに沿って説明を試みていこうということだ。

次第に固まった説明の仕方は、まず大原則を説明する、そして皆さんに作文してもらって、そこで疑問を思うところについて解説し、細かいルールをつめていくプロセスである。

この方法のポイントは、勉強者が自ら問題を発見することにあり、少人数なのでだれにも気兼ねなく質問できる。先生が答えることで正しい理解に誘導していく方法である。もともと学生の多くは記憶力よりも理解力が優れている社会人で、それに勉強したい気持ちが一番満ちている時に来ているので、みな積極的に質問する。パズルを解くみたい、頭の体操みたいという声もよく聞こえる。
作文する時も、「去年北京に行きました」と教えたら、「去年上海に行きました」と単純に繰り返す人は極少なく、すぐに「去年上海に旅行に行きました」と言おうとする。そこで授業にいい流れができて、リズムよく展開していく。

このようにして、文法説明と「話す」が一体化し、皆さんも常に頭を活発に使う状態になる。ところが、それだけでは、まだ会話能力が育たない。ある程度文法知識を身につけてから、レッスンの半分の時間を会話に移す。簡単な言葉だけでも、伝えられることがたくさんある。最初は無理だと思い込んでいた学生も話してみたら、意外に話せる!ことを実感できる。

普通の語学教育は、「文法知識」「暗記」「応用」というプロセスに沿っている。それはクラス人数が多い、学校の学生を対象に確立してきたプロセスである。私が目指しているのは、「話す」を手段として、「話せる」をゴールとする方法で、ストレートで無駄がないのではないかと思う。

「話す」ことには重要な大きなパワーが潜んでいる。
まず(1)外国語を「話す」とき、「聞く」よりも10倍、「黙読つまり目で読む」よりも100倍に脳に刺激を与えていると言える。ただし、気をつけるべきなことは、一般的な学校でやっているような、家で作文して教室で朗読するやり方は、「話す」とは違う。それは作文の延長にすぎない。「話す」とは、その場で脳の中で考えていくことを言葉にすること。これによって脳に刺激を与え、言葉のルール(文法)を覚えていくことが可能となるのである。

また(2)人間は失敗から学ぶ動物だ。単語だけ変えて、正解に近いセンテンスを作る作文はよくない理由もそこにある。失敗しないと新しいものを身につけることができない。作文するとき、間違う可能性が大きければ大きい方がいい。おかしいぐらいなことを言って、大笑いを起こすぐらいがいい。リラックス効果があるだけでなく、おかしいぐらいの失敗を生かして、脳に深い印象を与える役割が潜んでいるためだ。

さらに(3)内容をよく考えて、単語を下調べしてから話すのは一番望ましい。忙しいから、それができない方は、話題を提供する程度の短い話でもかまわない。クラスの皆さんが全員順番に質問するので、話はだんだん広がっていく。この「質問応答」こそ、本当の会話である。そもそも中国語を習う目的は、中国人との「質問応答」ではないだろうか。

おまけの効果は、もともと違う業界で働く皆さんはなにかの縁でこの場で知り合ったわけで、このような和やかな雰囲気での和気藹々とした会話を通して、お互いの生活、気持ち、考えを知りあって、睦ましい人間関係を作っていく勉強者も多い。中国語での会話が良いコミュニケーションの道具になった。外国人である私も、日本人の思いやりのある、向上心溢れる、淡々とした生活態度及び友情を知ることができ、貴重なものをたくさんいただいた。また、このような会話能力が中国人との間の良いコミュニケーションの道具にもなるよう、切に願っている。

このように教えてきた中で、ある成績がかなり優秀の学生が、私のやり方を肯定してくれた。彼の言葉を借りれば、「一番知りたいところを教えてくれるのがとてもありがたい」と。「話す」を中心とする教え方法のメリットはまさにそこにあるのだろう。

彼はまた「コーチング」という考え方を教えてくれた。私の理解では、「ティーチング」は、学生に知識を解説し、細かい目標を設定し、真似してもらう方法である。それに対して「コーチング」は、実践の中で、やっている人の問題解決の手助けをする方法である。語学は、教える部分もかなりあるが、「話す」というスキル(技能)を考えると、「コーチング」的な要素を大きく取り入れるべきだ。こういう意味で、語学はスポーツに近いと言えるかもしれない。

もっとも、学生の会話に付き合い、間違いを一つの正解をもって直すのは、どのネイティブの人もできることであって、それしかできない先生は失格だと思う。上級者に対しては、間違いを直すと同時に、その表現と関連する説明も欠かせない。初級者を教える場合、先生の中ではっきりとした文法地図を持たないと、路を案内することができない。いつまでも森の中で迷っている学生を外に連れ出すことができない。

いま、本教室には数名の先生がいる。教える場合、それぞれの個性があるけれども、以上述べてきたものをひとつの方向としている。試行錯誤を経て修正していこうと思うと同時に、このような考えに賛同してくれる先生も歓迎しています。
多くの学生がここで中国語を話せるようになっていくことをたいへん楽しみにしています。
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# by nschinese | 2008-03-18 21:48 | 勉強

指紋が消えていく?

从去年起,日本执行要求外国人按手纹的制度。反对者大有人在。但我觉得如果有助于日本的安全,也无须过于敏感。

问题是,这项制度不要影响到对外国人的歧视意识,在这一点上,本人与反对者的想法并无二致。这且按下不表。

今天去了入国管理局。听说登记指纹后,从海外进入日本时可以选择走自动门,那就预先登记吧。

可不知为何,在指纹采集机上按了数次,柜台对面的女士还是不露出笑脸。她取出粘乎乎的液体涂在我的指尖,可还是不行。最后移动了按在机器上的手指的位置,好不容易才OK了。

“常用手指工作的人,指纹会变淡吧。”她说。我常用手指?况且是左手的食指!

说不定该怪电脑键盘吧。

回来的路上,在公共汽车里胡思乱想,有一弊必有一利,指纹淡的优点何在呢?
答案是想出了一个,但不光彩,还是不言为好。

去年から、外国人に対して指紋を採取する制度が導入された。その制度に反発する人もいるが、日本を安全な国にすることにつながるならば、いいじゃないかと思う。

問題は、そういう制度が外国人に対する差別意識につながってはいけない。この点においては、反発する人の考えとは一致している。

このことはともかくにして。

じつは今日は入国管理局に行ってきた。指紋を登録すれば、海外から日本に戻ってくるときに、自動化ゲートを通れると言われたので、やってみた。

ところが、指紋採取の機械にひとさし指を何回あてても、係りの人が困っている顔がする。
彼女はぬるぬるの液体を出して塗ってくれて、それにしてもうまく行かない。最後、機械に当てる場所を変えたりしてやっとOKが出た。

「指先をよく使う職業の方ならうすいかも」と説明してくれたが、ぼくは指先をよく使うかな? それに取りにくかったのは左指だった。

キーボートを叩きすぎたせい?

帰りのバスに指紋がうすいとどんなメリットがあるかと考えてみた。
ひとつ思いついたが、不名誉なことなので、言わないことにしよう。

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# by nschinese | 2008-01-22 22:27 | 日記

ボルベール〈帰郷〉を観た

陽が出て、昨日よりはずいぶん暖かく感じます。
長く放置していたブログを、今日は長く書きたい気持ちである。

ぼくは、カタカナの名前を覚えるのが苦手で、欧米人はともかく、韓国人のスターも漢字の名前を教えてもらいたい。
「ペドロ・アルモドバル」というスペイン人監督の名前を覚えたい。

彼が撮った「トーク・トゥ・ハー」が大好きで、新作「 ボルベール〈帰郷〉 」は気になっていた。
ちょうど昨日大変な仕事が終わって調べたら、早稲田松竹で二本立て(1300円)で上映されていた!

もう一本は同監督の半自伝作品「バッド・エデュケーション」。神学生が神父さんの性的虐待(現代社会的な解釈によると)を受けてから、欲望が同性に向かうようになった話。つまり、監督さんも(現代社会的に見れば)「異常」性欲を持っていることになる。
そもそも「異常かどうか」は、相対化しつつあるし、むしろこのようにあえて「異常」と書くと、抗議されるほど不謹慎な行動とされかねない今の時代である。

それはともかく、「ボルベール」も結局、親近相姦の話である。
(ただし極めて美しく映っていたので全然重い映画ではない。)
要するに、彼の映画に異常な欲望(主に性欲)をもつ人、それの被害者の生活が主題となるのが多い。

被害者はすでにフツウに生活していたが、なにかのきっかけでまた過去とつながりを持つようになり、その過去と直面しなければならない状況に陥っていく。それは「帰郷」の意味でしょう。

この映画を観てもわかるが、遠く故郷へ帰るのではなく、その故郷は近いところがある。遠いのはむしろ心の故郷。

ところが、加害者と被害者というカテゴリーでしてきたが、映画の中では法律を介入させていない。むしろ本人および次の世代の人が「内輪の話」にして、「公」に出さないように、という考えを持っている。自分で解決するという意志を持っているように思われる。

なので、映画は結局法律に裁かれるという結末ではなかったので、曖昧で不条理を残ったまま、悪い人間を「悪」ではなく、「欲望」に対する愚かさと弱さを抱え、そして破滅していくプロセス客観的にみせる。

なので、われわれ観る人は、教育されるのではなく、俯瞰的に観ることができる。なので、観て気持ちがよかった。

最近、スペインとか、フランス、イタリアの映画を観たくて、皆さんがお勧めの作品があれば、ぜひぜひ教えてください。

監督と俳優の名前も覚えてみる。

ちなみにぼくの記憶の悪さを証明する出来事をもうひとつ披露します。
映画館に行く前に西武新宿線で10年近く前に住んでいた寮を尋ねていった。なんと道に迷ってしまった。
幸い、近くにあるファミレスを覚えているので、親切なおばさんに教えてもらって尋ねた。しかし、その建物はすでに存在していない。

自分の過去とつながって行くものがどんどん消される。上海の家の近くもそう再開発され、市場、小学校、映画館は、みな緑地となってしまい、わけがあって、住んでいた石倉門の家だけが記念館となっている(ぼくの名前の記念館ではないけどね)。いま、チケットを買わないと入れないかもしれない。

そう嘆きながら、どうも近くの風景が違うように見える。道路の向こう側に農場らしき場所ではなかったはず…

家について、妻と話したら、やはり道一本間違ったそうです。
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# by nschinese | 2008-01-16 10:10 | できごと

なぜ中国にはまる?

今年に入ってから、この教室に「ベビーブーム」が起きた。5人の赤ちゃんが今年と来年に生まれる予定です。

その中の一人を予め歓迎するために、昨日の夜、飲み会があった。

宴会で話題になったのは、「なぜ皆さんが中国にはまった?」こと。

なぜ?と問題提起がされたことをよく考えると、中国旅行に行くと不便だったり、衛生面も良いとは言えない。まして街角の無秩序が目立つ。
それにしても「なぜ?」ということではないでしょうか。

答えはさまざまだが、印象に残るのを挙げると:

漢字がおもしろい、似てるけどちょっと違う、意味も分かってるように分からないところが魅力的。

独特の匂いは、30年前の日本に似ているようだ。と言っても、その人は30年前の日本が分からないはずだ。なんとなくの郷愁というものだろうか。

もともとフランス音楽に夢中だった人が、いまは中国の二胡を演奏している。彼女曰く、中国語とフランス語の発音に共通性があるから、引かれる。

まだまだあるが、

皆さんは、なんとなく中国のことに「特別に」関心があったとしたら、それはなぜ?でしょうか。
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# by nschinese | 2007-10-04 12:34 | 教室

速いもの勝ち

先週、東京ドーム+焼鳥会に出席できなかった人に、まだイベントがあると言った。
このイベントは、元学生で、台湾で3年近く働いているKTさんを囲む会のこと。

9名参加者で、3名だけKTさんと初対面。皆さんはコンサートで台湾にいったときに、KTさんとも会っているので、先月も話していた気分。盛り上がったので、終わりにKTさんがホテルへの終電がなくなった。

教室にソファーベッドがあるので、引越ししてきた当初、何人かに言われた。
「新宿に近いので、酔って帰れないとき、とめてください。」
女子はちょっとまずいけどね…

結局、KTさんが「捷足先登」(速いもの勝ち?笑)結果になった。
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# by nschinese | 2007-09-02 17:49 | 教室

阿波踊り

東京には、祭りが多い。
この教室に踊る学生は数人いるので、彼女たちの話を聞くのも楽しい。

HMさんは、小さい時から阿波踊りをしてきたので、かなりプロ級。
近いのに、初めて東高円寺に阿波踊りを見にいった。

「・・・踊るのがやめられない!」と、踊ってくる人が揃って歌う。
その勢いに、圧倒されてしまった。
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# by nschinese | 2007-09-02 17:05 | 教室

ぎりぎりで、上野国立博物館に京都五山、禅の展示会を見てきた。

毛越寺で見た彼岸世界をあらわす仏像を中心とした表現と違って、
新しく中国からきた禅は、修業を通して人々の心の中の仏性を発見することを目指すので、
師となる僧侶の像、羅漢像、釈迦の弟子の像を多く描いたり、彫刻したりした。

写実的、リアルな表情から精神性が伝わってくる。
やさしく包んでくれる菩薩像とは違って、敬意を持ちながらも、交流できそうな像だった。

とくに早期の僧侶像には、哀愁が漂う方が多い、身近な人間を想像させられる。

ある僧侶の像をじっと見ると、ある小児科のお医者さんのことが浮かんできた。

この先生は、患者が多いわりに、医院はかなり質素。よく割引するからでしょうか。
出してくれる薬はいつも同じだが、病状の進展についての予測はいつも的中される。
「病気はクスリで治るもんじゃないよ」。だから、先生がいつも同じクスリだねと思った記憶がある。「MI先生は、共産党かもしれないね」と思ったこともある。

なんでこんなに似ているのか、不思議に思う。
仏性ってなんだろう。
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# by nschinese | 2007-08-27 17:05 | できごと

東京ドーム、二回目

数年前に、土曜日午前中のクラスには、男性ばかりだった。
会社の話のほか、野球の話がたびたび出てくる。
中国語の言い方を指導するところか、私はルールすら知らない人間。

この悩み(笑)を他のクラスのOKさんと相談したら、ぼくの会社は都市野球対抗に出場しているから、よかったら、招待券をどうぞ。
それは一回目の東京ドームだったが、残念なことにそれにしてもルールが分からなかった。

今度、その会社はまた東京ドームに進出し、そして、野球応援と焼き鳥+ビールという企画が立ち上がった。

前の日、東大で暑気払いがあって、台湾からの差し入れ「金門白酒」を飲んだばかり、58度の酒が喉を通すときに、ふわーとミントの香りがした。
小さい盃で5、6杯は飲んだ、と思う。次の日は意外に何もなかった。

そして、めでたくこの会社のチームが逆転勝利!おいしいビールも飲めた!

残念なのは、応援には間に合わないが、ビールだけ飲みたい!というメンバーたち。
終わる時間が分からないので、約束できなかった。

ところが、次の週にもイベントができた。それは後ほど。
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# by nschinese | 2007-08-25 16:43 | できごと

東北旅行

土曜日(18日)から、東京も涼しくなってきたが、盛岡駅に降りたとき、温度差のせいでやや寒く感じた。
人口も少ない、景気もイマイチのこの町を歩くと、なぜか心が落ち着く。
ちょっと戸惑ったのは、信号が赤で車もないとき、道をわかるかどうか。
左右を見ると、高校生も待っていたので、渡るのをやめたが、それはルールを守るというべきか、それとものんびりしているせいか、いずれにしても、好感を持った。

夕方、在来線を乗って、一ノ関へ。電車が長く止ると、ホームに降りて、きれいな空気を吸う。

次の日は、今回旅行の目玉、平泉へ。
まずは、毛越寺の遺跡を尋ねる。公園の真ん中に湖があり、その後ろに寺があったと思われる。平安末期、この世(此岸)に住んでいる人間が、湖を越えて、あの世(彼岸)を象徴する毛越寺を眺めていた。
この構造を、京都の平等院ではじめて目にした時、かなり感銘を受けた。
浄土世界を信じていた人々の思いを想像してみた。

金で作られた未来世界(はるかの未来かな)を象徴するのは、金色堂だというのは、言うまでもない。
金が大量に掘り出されたから、藤原三代が京都の文化を平泉文化まで広げた。
それよりも、中国人として興味を持つのは、大量の金は、九州を通して海を渡って寧波という地に送られ、宋との貿易品だった。
そして展示室には、宋から持ちされた『一切経』(大蔵経)が陳列されている。

金色堂から徒歩15分ぐらいで、義経が自害の地といわれる丘に着いた。「判官びいき」という言葉の由来を知った。それにしても、ジンギスカンになったのは……

バスで仙台に向かって、賑やかな大都会だったので、ここで泊まったら、夏休みが終わってしまったじゃないかと、一人でつぶやいながら、松島への切符を入手。
中国人として仙台についたのに、魯迅先生関係の所を尋ねないのは、大変失礼なこととも思うが、ごめんなさい、またの機会で。

霧雨の中、松島に到着。文字通り、「松の木が茂る島」が絵に描かれたようだ。
ただし、波がなく、海風も感じられないし、暗くなって歩く人が少ない海岸。

あまり期待しないが、舟を乗って島を見回る前に、瑞岩寺に入ったが、
お寺よりも、仙台藩の伊達家の宿泊地、今で言うと、保養所のようなところが、ふすまに書いた絵も、中国の古典を題材とするものが多い、周文王と釣をしていた呂尚、不思議な笑顔で分かっている寒山拾得。

こういうものを見ていると、常々に思うが、
中国の古典を重んじ、特に漢字を代々使ってきた日本は、中国とはライバル関係でもあるが、精神的には極めて共通的な部分があるはずと思う。
やはり、世界中、漢字を大事にする国って主にこの2つではないか。
現在では、考え方、マナー、ルールについて様々な違い、対立する部分もあるが、
それは、長く共有されてきた流れの中で、それぞれが振り子の両極にあることに過ぎないかとも思った。
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# by nschinese | 2007-08-20 15:53 | できごと

NHKスペシャル 激流中国

昨日の夜中、「NHKスペシャル 激流中国 富人と農民工」を見た後、心境はきわめて複雑。

友人と話したり、ネットで中国人の意見を見たりして、どうも中国人の意見がに分かれている。

一つは、中国のメンツを重んじる派。 
経済格差はたしかに激しいが、全体的に豊かになっていくことは否定できないし、直そうと努力している。日本のメディアは、煽情的に大きく捉えられると、また対中イメージを悪くするのではないか、と彼らが思う。(もちろん、事実に対して、彼らも悲しく思っている。)

もう一つは、中国の非を直視する派。
外国に居ても、国内に不平があれば、本を書いて、メディアを通して直すように促そうと努力する。NHKの構成に協力した中国人学者はきっとこう思っているのだろう。

日本人も同じだろうと思う。自国の社会に文句がたくさんあっても、外国人に言われたくない、急に自国にプライドを持つようになる。

でも、やはり、抽象的な国と国の間の競り合いよりも、普通に生きている人々(日本人でも中国人でも)が、すこしでもよい生活を送れることが、いちばん大事だなと思う。
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# by nschinese | 2007-04-04 23:57 | できごと

旧正月の動画



桜満開の中、新年度が始まりました。
わくわく、なにかをやりたい気持ちがいっぱいです。

正月もわくわく、二ヶ月前の旧正月もわくわく、いろんなことをやってきたような、本当にやりたいことに、まだ着手していないような気分で、時間が川のように流れて行きます。

やりたいことは、はやく始めないとね!

下のは、旧正月(2月19日)、中国の寧波同郷会の新年祝う合宿に参加した時に、海ホタルで取った動画です。ぼくは、寧波出身ではなく、どちらかといえば、仕事関係で参加させていただきました。


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# by nschinese | 2007-04-02 14:33 | できごと

モチベーション

昨日、大雨の中、中国語検定試験が行われた。
本教室では、3級や2級を受けてきた学生は二人だけ。
午後になり、答えを公開するサイトもあり、二人はチェックして、結果が良かったみたい。

特に、半年ぐらい独学して、本教室で1年半勉強したYSさんが受けたのが2級ということで、凄かったと思う。

ところが。彼女からのメッセージは:

「教室のおかげでモチベーションが保てて、・・・・・・本当に感謝しています。」

「え?!、モチベーションだけ?」言葉にちょっとひねちゃったぼくだった(笑)。

じつは、ひねるとはウソかもしれない。むしろ自慢だった。いつも楽しい気分でレッスンが進めたということでしょう。

ただし、自慢できることは、自分の能力ではなく、
彼女がいるクラス(いや、ほとんどのクラス)のメンバーが、いつも楽しい、暖かい、有意義な話題を提供してくれて、会話していくからこそ、彼女のモチベーションが保てられたと思う。
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# by nschinese | 2007-03-26 14:00 | 教室

頑張りすぎない

偶然に、「やなわらば」という若い二人組みの女の子の「拝啓○○さん」という歌を聴いた。
二人は沖縄の石垣島出身で、歌は動画付きで、その動画は面白い。
字幕が付いている。まるでドラマのようだ。

前半は、渋谷のギャルサークルのために、彼女たちが歌う。
後半は、新宿二丁目のオカマバーで、彼女たちが歌う。

そして、彼女がオカマバーの主人に聞いた。
「どうすれば、私たちが売れる?」
バーの主人が答える。
「沖縄人って頑張り過ぎないから、いいです。」

なぜか、この話がジーンと来た。
去年の年末から、今月年度末まで、
忙しくて、教室に来られなくなった人が何人もいる。
いまも、深夜まで働いてるかな。
それに、自分も深夜までパソコンを叩きつづけている。

そして、土曜日に、ミクシーで意外なにメッセージをもらった。
それは、二年前の生徒さんからの、
二年前、仕事を辞めて、パラオに行ってしまった彼は、
まだそこで元気にやっているそうだ。

南の島の空気を送ってくれるようなメッセージだった。
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# by nschinese | 2007-03-19 00:05 | できごと

子供の勉強歌

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子供クラスが始めて以来、水曜日の午後はにぎやかになった。

先生は、もともと保育園の先生だったから、子供を扱うのが、かなりうまい。

ぬいぐるみのパンダを道具として使ってるので、自分で子供歌を作った。

我家有只大熊猫
他的名字叫圆圆
黑黑的眼睛白肚皮。
爱吃竹子和蛋糕。

なんでケーキがすきなのだろう?

習っている子は、二回だけで、この歌を覚えて、小学校で特技として発表した。

子供は覚えるのも速いが、あっという間にきれいに忘れるかもしれない。

毎週復習しているうちに成長するのを、楽しみにしています。
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# by nschinese | 2007-02-28 23:54 | 教室

海外最大な日本人学校

中国の春節休みで、留学生、会社員など帰省する人が多い。

山東省に留学しているBSさんは、かわいい年賀の絵をプレゼントしてくれた。
「こういうものがなければ、正月気分にならないでしょう」と。
たしにそうだ。ありがとうございます。

さっそく、教室の窓に貼り出した。
そとから、中華料理屋っぽくにも見えるが、
クリスマスの飾りをしていた英会話教室に、ちょっと対抗してみる(笑)。

また、ここで5年以上習った男性会社員XCさんも、新しくなった教室を見るために、わざわざ柏から来てくれた。
去年まで一緒だったみなさんとランチ。
懐かしい日本そばを選んだ。

北京の話になると、外国人向け住宅の家賃の高さもそうだけど、
一番、びっくりしたのは、なんと、月に6、7万円の幼稚園代!

そして、昨日、教室でこの話をした。
上海ではお金を出したくてもなかなか入れないよ、と他の詳しい日本人に言われた。

彼女曰く、世界中いちばん大きい日本人学校は、いま上海にある。
ネットで調べたら、去年6月に以下のイベントがあった。
上海日本人学校創立20周年

2000人を超える学校って凄いよね。
日本と中国の繋がりは、猛スピードで太くなる一方だ。
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# by nschinese | 2007-02-28 14:02 | できごと

お台場で旧正月?

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三連休、子供の強い希望で初めてお台場に行って来た。
そこには、小香港という中華系のレストランが集中するところがあって、旧正月にイベントがある看板が立っていた。

2、3年前から、富士急ハイランドも旧正月を祝うイベントを開催され、東アジアの旧正月は、日本での認知度がたまりつつある。もちろん、その原動力は文化交流よりも、そこに商機がある。富士急ハイランドと同じく、お台場も中華系、(韓国系も?)の人に人気がある。

観光ツアーに「お台場」が組まれるのが多い。なんで中国人がそこがすきと聞かれても、全部ではないが、一部の人が、そこで「先進国家」としての風景をみたいのではないか。

もちろん、それとは違って、日本の伝統的なものを見て、中国の古代を連想し、懐かしむ人もたくさんいる。ぼくは、どちらかというと、お台場の無機質な景色よりも、雑多とした町並みに感情移入しやすい人種に属する。

子供の目的は、「IQサプリ」という番組関係のテーマパークを見ること。ダジャレ問題を解くの好きで、それに付き合っていた。日本語の勉強にもなるから。

でも、ちょっと困惑なことがあって、それは、大きなテレビドラマのポスター。

8歳の長女がそれを口に出して読んだ。
「こんしゅう、つまがうわきします。」 それに、「さいきん、はやってるね」とコメントをした。

なに、はやってるの!

室内外壁、あちこちに大きく貼ってある、あの両手でゴミ袋をもつ日本の旦那さん。
子供もそうだけど、外国から来たお客さんも、その標語をみてどんな思いをするかな。
でも、「不倫」と書くと漢字でなんとなくわかるが、「浮気」だけなら、通訳しないとわからないはずだ。

それはよかった。
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# by nschinese | 2007-02-13 23:46 | できごと

元気がない(无精打采)

今年我家的贺年片上印了两只鹦哥,其中聪明伶俐的「茹娜」趁着洗鸟笼之际,自己打开了笼子的小门,飞向了自由的蓝天。

那天回家时听说,两个女儿失声痛哭了一个小时。

原本憨厚老实的「史米蕾」更让人心疼,就搬到我们的卧室里来了。但她还是一幅孤单寂寞的样子,好像一个「人」发呆。好担心。

我也提了建议,再买一只吧。可她们说,来了新鸟会发生「欺负人」的问题,被否决了。

现在明白了吧。无精打采的不是我,是「史米蕾」。




年賀状に飾った我が家の二羽のセキスイインコ、 その中、頭の良いルナちゃんが、駕籠を洗う隙に自分でドアを開けて自由の世界に飛んでいきました。

その日、娘二人は1時間ぐらい泣き続けたそうです。

もともと大人しいスミレちゃんは可哀そうなので、私たちの寝る部屋に引越しして、それでも寂しそうな姿で、動きが少ないです。心配。

もう一羽を買うと提案したが、「いじめ問題」が起きると大変だと言われました。

ということで、元気がないのは、ぼくのことではなく、スミレちゃんのことでした。

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# by nschinese | 2007-02-01 09:21 | 日記

餅つき大会

星期天,我家附近的「町会」(好像中国的居委会)在神社搞了一个捣年糕活动。
和去年一样,我也捣了一阵。
最后,乱了节奏,差一点把木槌子捣在翻年糕的大爷的手上。好险!

热心参加町会活动的,多是些开小店的、工匠。
他们劝酒、谈笑的样子,让人感受到一番古道热肠,
可我只是远远地望去,还是无法跟他们打成一片。



日曜日、町内会の餅つき大会が近所の神社で開かれた。
去年に続き、搗かせてもらった。
最後は疲れて、リズムが乱れ、餅を裏返しするおじさんの手を搗いてしまいそうだった。

町内会に熱心する人は、自営業の方とか大工さんのような方が多いです。
お酒を進め、談笑する彼らを遠くから見ると、その人情厚さがすごく美しく映っていますが、
でも、遠くから眺めるだけで、打ち解けられない自分でした。

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# by nschinese | 2007-01-29 13:06 | 日記

明けましておめでとうございます。

皆さんは、正月をどのように過ごしたのでしょうか。
来週からの授業で、皆さんのご報告を楽しみにしています。

ぼくは、近くの神社に初詣に参りました。例年通りに、くじを引きました。

今年のくじに、
「月桂将相満、追鹿映山渓」という一句があります。
もうじき満月になる夜に、追っている鹿が遠く山の渓流に姿が映している。
いつまでも夢をもって生きていこうという意味でしょうか。

そして中国の『天竜八部』という長い武侠ドラマ(20枚VCD!)を半分ぐらい見ました。
ありえないアクション、ありえない物語、ありえないセリフ、
全部ありえないなのに、20年前(汗)の大学時代に、まわりの人はみな原作にはまっていました。
有名なセリフを聞くと、旧友を思い出します。一人で笑ってしまい、懐かしかった!

平凡な正月も終わり、気を引き締めて、お互いに頑張りましょう。

本年も宜しくお願い申し上げます。
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# by nschinese | 2007-01-07 12:27 | できごと

自分が目指している中国語授業

最近、よくこのことを考えている。
自分が目指してきた、やってきたレッスンの特徴はなんだろう。
一人で教えている時は考える必要がなかった。
しかしいま、新しい先生の個性を生かすのも大切だが、この教室を特徴を保っていくためにも、それを明確なものにしたい。

一言でいうと、学生が「中国語でコミュニケートできる」こと、つまり「話せる」ことでしょう。

まず、見学メールの多くは、「中国語を話せるようになりたい」と書く。
そして、中国語で熱く語り合う皆さんの姿から、自分が一番達成感を味わえる。
その楽しさ、皆さんの仲の良さを見ていると、自分が目指しているものは正しかったと思う。

たとえば日本人は日本語の単語を暗記したこともないのに、なんで単語の量がどんどん増えるのか。
もちろん、読む、聞く、話すという自然なプロセスをたどっている。
聞く効果は読むの十倍とすれば、話す効果は聞く効果の十倍ではないか。

外国語も同じだ。
相手に通じたこと、直してもらうことは、暗記より十倍以上の効果があるのだ。

だから、初心者から会話を取り入れている。
数ヶ月後、もう半分の時間で文法を習い、半分の時間でそれぞれ話題を提供して、質問したら答えたりします。
中級と上級はもちろんのこと、最初から最後まで会話していくのは多いぐらいです。

テーマも決めなく、自分の好きな話をしているうちに、人の個性や生活が現れてくる。
多くのクラスでは、会話を通して、仲のよい、深い人間関係ができた。
コミュニケーションとは、言葉よりもっと深いなにかだと思う。
教師なら、誰も楽しく教えたい。
会話が楽しいのはもちろん、さらに皆さんとの交流で貴重なものが得られる。

教師が会話から楽しさを感じていれば、生徒さんもきっと楽しい。
楽しくやっているから、4、5年以上続いている方も数人いるし、
同じメンバーでの5、6人クラスが1、2年続くのも珍しくない。

試験でいい成績をとった方のうれしい表情からも、満足感を十分に得られる。
その上、中国語で熱く語り合う皆さんの姿から、それ以上にない達成感を感じている。

これは自分の教室として保っていくべき特徴でしょう。
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# by nschinese | 2006-11-21 00:47 | 勉強

韓国語教室がスタート!

中野坂上から北へ行くと、東中野という駅の周辺には韓国料理屋がかなり多い。

昨日、散歩のついでに、中央線の線路沿いにある店に入った。看板に「元祖韓国家庭料理」と書いてあり、店の壁には記事がたくさん貼ってある。「元祖」というのは、ほんとらしい。

困ったことは、メニューに絵がなかったこと。「元祖」だから、お客さんは韓国料理通ばかりだから、絵はいらないのかな。ぼくみたいな人にはちょっと不便。

ユッケジャンというのを注文したら、想像したものとはまったく違う。ユッケって生の牛肉じゃなかった?浅草ではじめて生の牛肉を食べたときに、かなり感動した。

その日の午後に知り合いの金さんが教室に来た。彼女は、四谷にある語学学校で4、5年間ハングルを教えてきた。昼間の時間を利用して、韓国語の講座をこの教室でもしてくれる。

彼女の学歴、キャリア、人に与える印象は、申し分なし。このような小さな教室ではもったいないぐらいだ。問題はHPに韓国語コースの知らせを乗せても、ヒットするまでは時間かかりそうなことだ。

お友達に宣伝してくださいね。
合言葉は、「中野坂上で学ぶ韓国語!」(笑)
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# by nschinese | 2006-11-17 22:57 | 教室

すみません、ありがとう。

 人になにかをうやってもらうとき、あなたは「すみません」と「ありがとう」のどちらで応えるのですか。もちろん、「すみません、ありがとうございます」派もあるのでしょう。

 初心者レッスンで、このような話が話題に上った。中国人の多くが日本語で話しても、「ありがとう」派で、日本人が中国に行くと、むしろ「対不起」を濫用し、「謝謝」のほうがいいよと、よく直されるそうだ。

 そのクラスには日本語が上手なドイツ人がいる。彼の見解はこうである。ドイツ人の感覚は、中国人と同じだ。でも、日本語が達者の彼にお茶を注いであげるとき、かえってくる言葉は、「すみません」または中国語の「謝謝」。ちなみにその問題を考えながら、娘の保育園に行ったとき、ほかの親が園庭の門をあげてくれて、自分の口から滑り出した言葉は、「すみません、ありがとうございました。」

 数年前、中国語を教え始めた頃は、よくこう説明する。「すみません」という言葉は、「感謝」という意味でしたら、「謝謝」と言い、自分が間違ったという意味でしたら、「対不起」と言うべきだ。

 でも、なぜ自分は「すみません」と「ありがとう」を両方言うのか。
 
 そのとき、すみませんが表現したのは、他人にドアを開けてもらうことで、人に迷惑をかけたこと、その自分が悪かったことです。ありがとうは感謝の意を表すことです。

 人に迷惑をかけないように、すこしでもかけたら、すぐ他人に示そうとするやり方は、長年の生活経験から身につけたなと言える。
 
 ただし、人に迷惑をかけないように気にしすぎると、裏返せば人との積極的な関わりを避けようということにもなるから、ほどほどにしといた方がいいかもしれません。
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# by nschinese | 2006-11-16 00:06 | できごと

電話番号間違った

新しい教室のビルの入り口に小さな看板がある。そこに電話番号やURLを印刷した名刺を置いていた。たしかに先々週の土曜日に作ったもので、毎日数枚は取られている。レッスン終わって看板を3階まで持って帰るついでに減った枚数を確認するのはささやかな楽しみでもあった。

ところが、今朝看板を出したときに、名刺の上に書いてある電話番号が目に入った。最近引越しするのでやっと教室の電話番号を覚えた。あれ、真ん中の二つの88は、一つが9となっている。中国人のぼくにとって、8がいい数字なので、この電話番号を選んだのだ。それは間違いないんだ。

というのは?

いままでのはぬか喜びだったんだ。ショック!

間違った名刺を取られた方、本当に申し訳ありませんでした。
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# by nschinese | 2006-10-31 22:44 | 教室

うわさ

今日は、古い教室の鍵を返す日、妻と一緒に近所のお医者さん、花屋さん、クリーニング屋さんに挨拶に行った。

70代のお医者さんから、「石の上でも三年」という言葉をいただいたのは、ちょうど3年前だった。

そして、挨拶の後、「大家さんに追い出されたの?」と聞かれた。

そういえば、ほかの人にも同じようなことを聞かれた。もしかして、外国人がやってる教室だから、そういうのもありと憶測されている。

レッスンが終わり、帰り道で謎が大体解けた。

じつは、敷金をできるだけ多く戻してもらうため、知り合いのペンキ屋がテントと壁の汚れたところを綺麗にしてくれて、柵まで塗ってくれた。それにしても別に部屋のクリーニング代2万5千円を取られることとなっている。

返す部屋を綺麗にするのにきっとわけがある、現場を見たあの方々の推理も一理あるかもしれない。
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# by nschinese | 2006-10-25 23:51 | 教室

世界一の癒し効果

引越しして、明るい、広い教室で教えたり、本を読んだりするのもいいことですが、なにか新しいことを始めようかと考えたりすると、どうしても打算的になります。はやく平穏な気持ちに戻りたい。

ちょうど土曜日に本教室の生徒のお芝居があり、授業の後、若者でぎわう下北沢に行ってきた。「できちゃった!結婚」というタイトルだったが、じつはさわやかな内容だった。

次の日に娘を科学技術館に連れて行った。上の娘は触れるもの、押せるボタンを、なんでもやってみたがるが、下の娘は怖くて展示室に入ろうとしない。やっと一つの部屋で大好きなアザラシを発見。このロボットの名前は「パロ」。帰ってきてからHPで調べると、世界一の癒し効果があるロボットとして、ギネスボックに選ばれたそうだ。

アザラシはかわいいけど、自分はまだ「癒される」ほど繊細ではない。鈍感の自分とは違い、彼女はどこにも行かずに、抱っこしたり、白い毛をなでたり、かなり「癒されている」ようだ。

それで、娘はだんだんエスカレートしてきて、展示会場のお姉さんに「あまりかわいくて、欲しくなってきた」と何回も繰り返した。また、「買って買って」とこちらを攻め始めた。

好奇心でネットで調べたら、35万円だった。35万円っていくらなのか半分しか分からない娘は、ますます欲しくなって、泣きながら、布団の上で倒立したりして、小さい体のほとんどが膨らんできた欲望に占領されたようだ。

癒しのオモチャが、いつの間にか、占有する欲望を煽る根源になった。
今日すっかり忘れたようです。それは子供ゆえの幸せかもしれない。
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# by nschinese | 2006-10-24 00:31 | できごと

お世話になりました。

明日は引越しする日だ。

外の花や壁に飾る中国結びが撤去され、部屋が素顔に戻ったら、入ってきた頃の喜びが蘇えてくる。皆さんも「いざ引越しするとなると、さびしいね」と今の教室を懐かしむ人が多い。

日曜日、高円寺のある喫茶店に銅版画の展示を見てきた。その喫茶店の壁は薄汚く、ソファー、机も形が揃ってない。お姉さんはのんびり口調で、メモ帳のようなメニューを出してくれて、コーヒー豆を機械の中においた後、なんとカウンターの後ろで野菜を切りはじめた。

でも、茶碗に入れて出してくれたカフェラテがうまかった。ミルクコーヒー派の下の娘も気に入った、味をしめた。
店なのか、友達の家なのか、わからなくなるような雰囲気がよかったかもしれないね。

明日から、この冬寒い、地震のときに怖い部屋でレッスンをすることがなくなった。近いから、これからもよく部屋の前を通るだろう。

教室の皆さん、翻訳や本の執筆などの仕事を下さった皆さんとの、この教室で出会いに感謝する気持ち一杯で、本当にお世話になりました。
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# by nschinese | 2006-10-10 23:06 | 教室