教室移転

朝から家の娘二人は壊れたレコードのように、「こんにちは」と言っている。
じつは、昨日、生後一ヶ月ぐらいのセキセイインコが二羽うちに引越ししてきた。いつも寄り添って本当に仲良し。

一ヶ月「こんにちは」といい続けると、覚えられると信じて娘が教えているが、いつまで続くだろう。

ところで、うちの教室も来月から引越しする。

青梅街道沿い、駅から2分のところ。部屋は二つになり、下は「ひのき」という名前の進学塾。

「最チャレンジ」の気持ちで頑張っていこう。
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# by nschinese | 2006-09-24 09:50 | 教室

皇帝は意外と働き者

中国の皇帝と官僚の関係を研究する論文を翻訳している最中、秋篠宮紀子さまが男の子を生まれたニュースがあった。おめでとうございます。

二本の論文はそれぞれ唐と宋の話だが、どちらを読んでも、皇帝が早起きであることがわかる。もちろん、官僚たちも付き合わなければならない。

唐代長安の場合、科挙試験に受かり、上京した官僚たちが好きな場所は、皇帝の御所から馬で30分ほどの距離がある。両者をつなげる大通りは、未明、官僚たちの蝋燭が星座のように明るい線をなしていたそうだ。

そして宋代皇帝の一日:

①皇帝は夜が明ける二時間ほど前に起床。
②まず前殿視朝(官僚との会議)が行われる。
③八時頃になると、食事を取り、衣服を着替え後殿視朝の場に向かう。たぶん重要な事項とか個別の官僚と会うとか。午後10時頃を目処に受けるほか、書籍の閲覧、或いは上奏に目を通し、午前十二時頃まで。
④午後は、経筵官という先生を招いて、儒学や歴史などを勉強。
⑤夜になると、個別の官僚を呼んで政務を尋ねる。

働き者の上に、朝が早すぎ。

朝に弱いぼくは、中国で大学院の先生から聞いた話が気に入っている。「デカルトは朝に弱い人で、デンマーク王室に招聘されたとき、毎日早起きを強制され、その上寒かったし、とうとう倒れて病死した」そうだ。

あ、王朝は違っても、皇帝も大変だけど、それに付き合う大臣たちはもっと大変だ。
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# by nschinese | 2006-09-07 11:58 | 翻訳

但願人長久

昼間仕事をしながら、フェイ・ウォンの歌を聞いている。その中、『但願人長久』というのがあり、歌詞は蘇軾の詞だった。

蘇軾といえば、漢詩に詳しくない方もじつは彼の名前を知っているはず。彼は宋代の詩人で号は「東坂」( トンポー)で、中華料理屋に行くと、 「トンポーロー」は彼の物語からつけた名前だった。

いきなりお肉の話になり、品が下がってしまったが、その詞は中国では津々浦々に知れ渡るもので、原文と訳文 もネットで見られる。特に最後の部分に深いものがある。

人有悲歡離合、月有陰晴圓缺、此事古难全
但願人長久、千里共嬋娟

人には悲しみと歓び、出会いと別れがあり、月には晴れと曇り、満ち欠けがある、古き世から完全とは難しいもの
ただお互いが長く久しきこと、今宵君も同じ月を見ていることを願うばかりだ

多感な若かった時、よくこの詩を引いて、不遇、失敗、悲しいことにあった人、失恋した友人に贈ったりする。最近自分は外国にいるせいか、「千里」という言葉に非常に引っかかって、遠く遠く離れても同じ月(嬋娟とは月の上で舞う女性のこと)を見上げられるイメージって、とてもきれいではないか。

世の中、喜びもあれば、叶えないものもたくさんあり、ともかく皆さんが健康でよかったという心情になったのも、自分が年が取った印だろう。

これとも関係あるが、土曜日に送別会があった。来月、北京赴任にいくHKさんのため。彼も何回も「2000年ここで中国語を勉強始めて…」と六年の歳月を振り返る。六年前といえば、自分はメールマガジンを出して学生募集に一生懸命にした始めのころだった。彼はそれを読んで教室に来て、その後、埼玉に引越しした後も続けてくれた。

これから奥さんと子供を連れて、新しい生活を始めるには不安もあるだろうか、本当に皆さんが健康で、子供も異国を経験して、複雑なことに対して理解のある子供に成長してもらいたい。

送別会は遅くまで飲んだ。飲むからまた新しい生まれるのも不思議なことだ。

その一つは、GMBさんからの武術の話に引かれて、昨日(日)子供といっしょに彼が通っている武術会の発表会を観にいった。武漢からやってきた先生はいつもニコニコしていたが、自分の番になるときだけ、凛とした表情を顔に浮かばせた。先生の関係かもしれないが、生徒は武術をやるにはいくぶんも文弱にみえるが、彼らによると、中国の文化を知りたいのが目的だった。先生も、中国の武術を広めるために来日、教室を始めたと言っている。
それにしても、3、4年で生徒を百人近く抱えるのに実現させたのは商売繁盛だ。

もう一つは、NTさんは日本語教師資格を獲得したから、ボランティアで教えてみたいという話を聞いた。それなら、自分が参加している東大のメーリングリストに聞いてみようか。日曜日、その話を書いたら、2垳の返事が来ている。ボランティアでなにかをするのは本当にすばらしいこと。

人間が商売というクールな損得打算を越えて、それとはべつの中でつながっていく能力があるから、世の中はすばらしいだと思う。でも、この世の中に生きるために、損得をわきまえずにいかないし、自分まわりの人ばかり得するのも無理な話、ならば、「但願人長久、千里共嬋娟」という気持ちだけでもいいかなと思って、長く書いた。
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# by nschinese | 2006-08-28 13:00 | できごと

初恋

皆さんと会うのも楽しみだが、夏休みは今日で終わりなのはすこし憂うつだ。

どうせまだ仕事ムードに入らない、午前中「初恋」という映画を観てきたついでに、本も買っちゃった。
照らし合わせると、物語は一部切捨てられ、ベッドシーンに替わった、これも60年代権力と対峙する自由を求める若い人の周囲の、退廃とした雰囲気をかもし出すには必要なのかもしれない。

作者が主人公と同じ「みすず」という名前のほかにすべてを隠しているところは興味深い。
恋愛よりも、事件よりも、彼女(彼?)の「青春」を書き残した小説だなと思う。

人によって、青春は一人のことでもあるが、仲間とのことでもある。
後者の形で青春を記憶する人が多いのではないか。

仲間との騒ぎ、気持ちの分かち合いは、まるで宴のようだ。
中国語では「天下没有不散的宴席」という。つまり、宴はいつか終わりがくる。
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# by nschinese | 2006-08-17 23:27 | 映画

夏休みの二

昨日は夏休みの意外な第二弾。

水族館の予定だったが、子供は体調が良くないので、ポケモン映画に変更。自分はべつの映画を見ればいいと思っていたが、着いたら、ネットで調べておけばよかったのにと後悔しました。つまらない映画を見るよりも、散策して来ればと妻に勧められて、できるだけ遠く行こうと思って、秩父を選びました。

秩父に行ってそばを食べて帰ってくるという気持ちでガラガラ空いてた電車に乗りました。飯能で乗り換える時から席が横向きになり、中国の列車には似ているが、向こうの席にはだれもいません。通りの向こう側に若い女性が化粧したり、メールを打ったりしていました。

山の中に散在する農家、渓谷でつりを楽しむ家族らしき人々、それに美しい駅名を眺めながら、先月大学時代の友人と富士山にいったときのことを思い出しました。日本語がわからない彼は駅名に感心し、日本料理を食べると必ず献立を書く紙を丁寧に折って手帳にはさんでもって帰ります。アメリカに住んでいる彼は、日本の風景を見て中国古代を連想し続けます。日本の美しさと古い中国への郷愁が彼の胸中で往来していました。

秩父駅で簡単な地図を取って、古くて錆びた建物におじいちゃん、おばあちゃんだけ住んでいるのだろう、あのりっぱなビルを建てた人はどんな商売をしているかなと想像しながら街を歩き、だれも会わないのも寂しいです。明治○○創刊東京新聞と書いてある新聞屋も、シャッターに孫悟空など西遊記の四人を大きく描いている家も面白かった。

歩いているうちに山に近づきました。麓に寺があり、お墓が並べている。吸われたように道路を渡して、墓のそばを通ったら、電車の隣に座っている女の子がお婆ちゃん、家族たちと一緒に墓を洗っているのではないか。一瞬、どこかで見たことがあると錯覚したが、おそらく『珈琲時光』の中にあった「墓参り」のシーンと似ているせいでしょう。

一つ気づいたのは、日本のお墓は一家族で一つですが、中国は夫婦一つで経済的ではありません。しかし土葬の時代で一家族で一つのは無理だと思います。

山に入るとまず観音様を祭る寺があり、出たら赤い鳥居がたくさんあって、山上のお稲荷神社へ導いてくれました。神社にはなにもなかったが、路の交差点に「ふるさとの歩道」という札が立っています。もうちょっと歩こうと気軽に登る道を選びました。

そのまま山に入ってしまいました。小学5年生のとき、一年間田舎で暮していた頃、忍者のように壁を走れる友達に連れられて、よく探検に山に入い、道にならないところを歩いたり、巨石をのぼったりしたにもかかわらず、怖いところが目の前にあると臆病者です。道は右は崖で一人しか歩けない、地面が濡れたところはたしかに怖かったのです。

一人も会わずに40分ぐらい歩いたら、やっと建物が見えてきました。人間が住んでいるところは、糞の匂いが漂う気がします。乾いた空気の中、その匂いが嫌なものではなく、凄く安心感を与えてくれるし、べつに故郷でもないのに、「ふるさとの歩道」という名前に非常に納得です。

お腹が空いているし、やっと「酒、そば」の看板を見かけて、合掌作りのような高い屋根の下に二匹の木彫りのサルが遊んでいる。ぜひここで食べたいと思って、閉じたドアのガラスを越して中を見たら、おじいさんがいすの上に寝ています。昼寝をじゃましたやつに美味しいものを出すわけがないだろう、もっと我慢しよう。

こうやって一時間近く歩いてやっと「秩父○○」の看板が見えて、さきほどの麓にあった廃棄された工場の煙突が見えて安心しました。「あげまんじゅう屋」の暖簾をくぐって、どら焼き、「お遍路さん」という名のお菓子を買って、お店で食べました。優しい奥さんがお茶を出してくれて、映画を見るつもりなのに山に入ってしまった話も付き合ってくれました。「帰りには二時間もかかるでしょう。奥さんは心配しているでしょう」。

それにしても、秩父駅に向かう途中、少林寺に寄り道をしました。寺に建てられている「秩父事件」を説明する看板をよんでわかったのは、そこには自由民権運動の時に起きた秩父蜂起に死んだ警察官二つが埋葬されて、山県有朋の表彰文がありました。

現地の祭りもあるせいか、何人かが支度していたようです。現在われわれはお寺や神社に行くと癒されると感じるが、むかしここは地域コミュニティの中心の一つでもあります。ここで先祖の墓参りをし、祭りを楽しみ、自分の生活や世の中のことをみんなが話し合ったのでしょう。

彼らの中、蜂起を起こしてなくなった子孫もいるはずです。彼らは警察官だけ大きく作られた碑文をどう見ていたのでしょう。慰霊という観点だけから見るみな同じですが、慰霊には表彰の意味が込められるのも事実であって、反対立場に立つ人から違う見方が出るのも不思議ではないでしょう。

駅前でやっとそばを食べられて、梅や地酒を買ってまたガラガラの電車に乗って帰りました。いい汗を流した後、たくさんのことが頭の中で巡らせた後、体や頭の中にたまったごみが風に吹っ飛ばされたように爽快でした。
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# by nschinese | 2006-08-14 18:53 | できごと

夏休みの一

ブログを書くのは本当に久しぶりです。書く時間を取れなかったのは言い訳のようだが、半分以上は事実です。

やっと一週間の夏休みをもらいました。そして1ヶ月前に決められたスケジュール通りに「箱根」に出発。夏休みと言っても、体を休むというわけにもいかない。箱根だからべつにワクワクすることもなく、とにかく妻の両親の年齢を考えていつもの生活場所を離れて、別の場所で一泊する気分転換の感じの小旅行です。

行くときも娘が車酔いのせいで大騒ぎ、我が家族だけ途中下車、電車で行くことにした。運がよく電車は空いて、車窓の外に緑が多くなるにつれ、心が落ち着くのは不思議に思います。そういえば、出発する前、どこにでも行っていいならば、いったい目的地はどこ?と自問自答したとき、心の中に浮かんできたのは、「お寺」でした。お寺でなにもしなく周囲の緑をぼっとみることだけ望んでいました。やはり疲れちゃったんだ、電車の中で改めて思いました。

泊まったのは大学の休養所。民宿の値段で安上がりのが最大なポイントと思っていたが、部屋に入ってみたら意外に広くて、山腹に建てられたので一面の窓ガラスから山が目に入り、泉の音がときどき雨に勘違いします。貸切状態の上、24時間温泉が使えます。

去年、教室で皆さんに温泉が本当にすき?と聞いたが、意外に「べつに」と答える方も何人いました。ぼくも「べつに」派ですが、わざわざ温泉研究の本を読んでみました。(笑)今回気兼ねなく一人で山を見ながら温泉に浸かられたのは、たしかに作者が書いた「癒される」気がしていました。でもまたいつものように、皆さんと一緒に入ると癒されるかどうかは定かではないように思います。この点では、自分は日本人でないことはきわめて大きい、それにどんな成分を含有するにもまったく興味を持ていません。でも今回はとにかく良かった、体も気持ちも軽くなりました。

次の日、ガラス工芸でも子供にやらせようと計画していたが、満員だったせいで、比較的に人気のないドライフラワー工芸に変えたが、それで一石二鳥、夏休みの宿題も一つ終わらせました。午後はユネッサンという水着温泉、プールに行きましたが、お茶風呂、コーヒー風呂などは復習になりますので、衝撃はそれほどなかったし、プールもイモ洗い状態でした。

それで夏休みの前半が終わりました。
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# by nschinese | 2006-08-14 17:19 | できごと

訳文チェック

最近、ある翻訳の仕事を納品し、たまたまの機会でチェックしてもらった後の原稿を見た。

あれ、なんで誤字があった?と不安に思った。自分の訳文を出してチェックしたら、なんと誤字は、全部「直された」部分にあった!

たとえば、私が「值得自豪」と書いたが、「引以自毫」と直された。「毫」は誤字。
(意味は同じで、私の方が控えめだったかな)

後は、チェックする方の誤訳かな?
(1)、「○○産業に関連し」。
私は、「与。。。行业合作」と書いたが、「与。。。行业有关联」とされた。

(2)「次々に設備を整えていきました」。
私は、「不断充实了设备」と書いたが、「陆续的整备了设备」とされた。
「的」は誤字で、「地」に直すべき。
「整える」は日本語だったら「整備」になるが、中国語になると「整备」と言わないよね。

(3)会社の理念は、「人が主役」
これは、翻訳しにくもので、私は「以人为本」とした。この言葉は、現在中国政府が提唱している精神なので、自分も大変「引以自豪」だったが、「以人材为资本」と直された。

もし私が「人材」なら、「資本」と思われると、嫌だな。(笑)


また、長文を間違って直したところもあった。

一々指摘すると、「気分が損なわれた」と誤解されるし、時間の無駄にもなる。チェックによって生じたミスは、どうしたらよいか、悩みますね。
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# by nschinese | 2006-06-06 11:47 | 翻訳

毎週、山が見える

高尾駅に降りて、山が目に入った。あ、すてき!
なぜかというと、
そこにある大学の非常勤が決まったので、これから毎週、山が見られるんだ。

大学で教えてみたいとはずっと思っていたが、活動したことがない。
今回は、非常に偶然なきっかけだった。

第二外国語だから、社会人のレッスンとは違うと、アドバイスしていただいた。
でも、やはりこの教室の楽しさを大学の教室にもっていきたいと考えています。

中国語の面白さを伝え、
責任者の先生に言われたように「すこしでも中国に好感をもってくれるよう」なレッスンをしたい。

それは面白い言葉だけではなく、
自分の心の持ち方や行動で示さないといけない……。

とにかく、小旅行のように、目的駅に着いたときに
毎週、山が見えることを楽しみにしています。ほんとうに。
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# by nschinese | 2006-05-31 23:34 | できごと

ダ・ヴィンチ・コード

「ダ・ヴィンチ・コード」の評価は、いまいちのようだ。
「感動がない」、「面白さが足りない」、「小説を読むときの勝手の設定を壊した」などなど。

ぼくが小説を読んだことがないせいかもしれないが、
面白かった。見終わってから、妙にすっきりした気分だった。

あの可愛い主演の女優さんがインタビューで、
「本を読むのが面倒な人には、いいじゃない?」とこの映画を評価していた。
自分のことが言われたみたいだ。

さて、すっきりした理由は、

1、まず、ゲームをやった後の気分みたい。
 登場人物がそれぞれの歴史観を持っているから、それを想像しながら、関連付けながら、それはゲーム気分だ。

2、つぎに、作者のメッセージ性がはっきりしていたこと。

 登場人物がそれぞれの歴史観を持っているし、それにしたがって行動する。
 また歴史解釈の違いによって、戦争があり、流血があった。
 その歴史解釈を評価する基準は、真実よりも、平和への貢献度だと、私はこの映画をメッセージ性を理解している。

 東アジアには、宗教戦争がほとんど勃発しなかったが、自国文化に対する勝手の解釈によって喧嘩したりするのも、昔のことだけではない。
 
 ナショナリズム的なメッセージが強い映画よりも、この映画の作者が頭よくて、見てすっきりする。

 本には、こういったメッセージがあるかどうかは別だし、ただのゲームかもしれないが、見てすっきりした気分になって、とにかくよかった。

 感動と面白さがなくても、べつにいいじゃないか。
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# by nschinese | 2006-05-29 12:50 | 映画

風花(かざばな)

私の中、映画を褒める基準の一つは、「見た後、仕事したくないなあ」。
たぶん、その基準で浅野忠信が出演する映画がすき、とくに『茶の味』が大好きだ。
茶の味


でも、昨日観た小泉今日子さんと共演する『風花』には、浅野忠信は似合わない文部省の役人の役を演じた。舞台は北海道。
風花


北海道(自然?)でリフレッシュして東京(仕事!)に帰ってくるそもそも「労働が目的」という発想ではないところが良いが、その後はどうなるの?といったところに映画が終わった。

仕事をしないわけにはいけない。だから、「休んでから頑張ろう」の映画よりも、「仕事をしたくない」映画の方が、バランスをとれるかなと、映画を見ながら思った。
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# by nschinese | 2006-05-22 10:17 | 映画

中国語はかなり合理的な言葉?

中国語は入門しやすい言葉。その理由は中国語の合理性にあると思う。

なにをもって合理性といえるのも考えようによるが、
中国語の合理性は、単語を明確に説明できるところにあると思う。

つまり、単語は漢字の組み合わせによってできたのである。
それぞれの漢字に意味があり、一つの意味に一つの意味を足して、そして適宜に圧縮して単語が作られる。

たとえば、最初の授業にこのようなことを勉強する:

一杯茶    一本书     一个人  (一杯のお茶、一冊の本、一人
两杯茶   两本书    两个人  (二杯のお茶・・・
······
一些茶   一些书    一些人  (何杯かのお茶…

それらの頭に「这(この)」「那(その、あの)」をいれると以下のようになる:

这(一)杯茶   这(一)本书   这(一)个人
这两杯茶   这两本书   这两个人
······
这(一)些茶   这(一)些书   这(一)些人

括弧の中の数字は省略できる。
もともと、这 の発音 zhe と 一 の発音 yi とあわせてzhei と発音になる説もある。

つまり、「这些茶」(これらのお茶)とは、「这些」という「複数代名詞」をつけたからではなく、そもそも、「この何杯かのお茶」という発想から、圧縮してできたのである。

以上は一例に過ぎないが、単語の作り方(語源といってもいいかな)を理解すれば、その合理性も体感できるのであろう。
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# by nschinese | 2006-05-15 22:59 | 勉強

象と吉宗

先週、家の近所に象小屋があった話を書いた後、本を読んだりして、一人で面白くてしょうがない。
これっていわゆる「マイブーム」ということでしょうか。

大庭 脩『江戸時代の日中秘話』に「象の旅」という章によると、吉宗は中国商人に象を話を詳しく尋ね、連れて来いと頼んだそうだ。

また下の『徳川吉宗と康煕帝』の「吉宗と漢籍」章によると、吉宗は「暴れん坊将軍」の一面がよく知られているが、漢籍の輸入研究、さらに逆輸出に熱心し、文治の一面もあった。
徳川吉宗と康煕帝
大庭 脩 / 大修館書店
スコア選択:

その中、とくに明治維新後の法律にもつながる明清法律関係書物を詳しく研究したこと、後の『教育勅語』の規範でもある『六諭衍義』を、琉球を通して手に入れ、訓解和訳を施したなど、明清王朝の政治手法へ強い関心を示した事実は、江戸幕府の「鎖国」の意味を再考させる。

その時代は、幕府と清政府は海上貿易の厳禁と緩和を繰り返した時代である。しかし商人たちは、時には密売や時には海賊と協力するのも辞せずに海上貿易を続けようとしていた。

彼らの多くは中国の福建、広東と浙江章の人。その象を舟に載せて、運んで来た中国人の名前は「鄭大威」。
私の祖母の名字も「鄭」である(中国は夫婦別姓)、田舎は広東北部の海岸部にある。
もしかして同じ村の人?勝手に想像したりして。

おそらく「鄭成功」とはなんらなかの関係があるだろう。
鄭成功は、「国姓爺」という名前で日本人に知られる。
中国では時には「反清復明」、時には「収復台湾」(オランダ人と戦って台湾をおさめた)と称えられる人物であるが、「海賊」の側面を有するのも事実である。
ただし、彼は日本人の母を持つことを、日本に来てはじめて知った。

それはさておき、いったい、吉宗はなぜ象を輸入したのか。それに2ヶ月かけて、長崎から江戸まで歩く、大変世を騒がせることをさせたのか。
私は、象のパレードを利用して、将軍さまの威信を高めるためかと推測するが、
昨日日曜日、本屋で立ち読みして、吉宗の時代から、民衆娯楽が盛んになり、江戸が武士の町から町人の町に変わりつつあるという評価をわかった。

たとえば、吉宗は、江戸の隅田川堤(向島)や飛鳥山(王子)、御殿山(品川) などに庶民のために桜を植えさせた。
そのことによって、貴族の楽しみだった花見が、「花より団子」、バカ騒ぐの形へ変わってきた。

また江戸では、異人、珍しい動物などの見世物が増え、興行ビジネスができた。
なるほど。後の源助が象小屋を建てて、ショーにして観客に見せるのも時代の流れだった。
ちょうどいまの中野坂上は青梅街道の終点で、いくつかの宿がある場所だった。

身近なことから歴史を想像する面白さをあらためて知った。。
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# by nschinese | 2006-05-15 10:51 | できごと

象が住んでいた

教室の近くに宝仙寺という寺があり、戦前までは象の骨と牙を供えていた。
戦争中で空爆で焼かれてしまったが、一部だけ残っているらしい。

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象と関係がある札は、教室から家まで歩いている途中、よく見かける。
その象は、中国商人がベトナムから運んできて、徳川吉宗に献上したのである。
最初は夫婦二頭だったが、メスが病死し、オスだけ生き残った。
1729年3月~5月、長崎から歩いて江戸に着いた。

1741年、象使いがなくなったことがきっかけに、象を中野に住むエサや象のフンを処理する農民源助にあげた。
源助は、象のフンを天然痘とはしかの薬として売るし、象を受け取るのも、見せ物とするから、どうも評判が悪かった。
それは、象が好きで商売の対象にされたくない江戸っ子の気持ちの表れかもしれない。

源助の方もうまく行かなかった。
2年後象が病死し、将軍から頭の骨と牙をもらった。
さらに30年後、源助の子孫が、それを宝仙寺の和尚に売ったそうだ。


参考:

http://sakaue.vis.ne.jp/sanpo/sakaue/nakasaka.elephant.html
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# by nschinese | 2006-05-11 15:56 | できごと

茶の味

私にとっては、お茶を飲むのは毎日欠かせなくことで、環境さえ許せば、一日中飲み続けるのです。授業の時も例外ではありません。

自分が買ったのと、皆さんからいただいたのと合わせて、たくさん種類のお茶を出しました。イギリスの紅茶、インドからの紅茶、ベトナムからの蓮茶も(全部プレゼント)あれば、主なのはもちろん、中国茶です。西湖龙井、冻顶乌龙、高山乌龙、普洱、茉莉花茶、桂花茶、碧落春、毛峰。自分が好きな菊の花茶(茶といっても菊の花だけ)も薦めました。

だけど、日本茶だけは出したことがありません。外国人として日本茶を出すのは失礼かな、どこかで思っているかもしれません。じつは日本茶は好きです。とくに最近、集中力を高めるには日本茶は飲み物の中に一番だと知り、仕事をする前に飲むようにします。

ところで、皆さんはお茶を淹れるときに、水温と浸出時間を確認しますか。
私は漠然と、ウーロンチャなら、高い温度がよい、緑茶はそうでもない、あと日本の煎茶なら、早く急須から出したほうがいいと知っているつもりです。

今日、家にある煎茶をチェックしたら、お茶によって違うみたいですね。40、50度のもあれば、80度のもあります。時間も2分か20秒かまちまちです。その通りに淹れたら、たしかにいつもより美味しいです。

よく味わうと、飲むより「食べている」気がしますし、最後にはほんのすこしの苦味と一緒に甘味が出てきます。道理でお茶受けがほしくなります。

中国茶は日本茶より味が薄いので、お茶受けはいりません。いえ、お茶受けがあると反論する方もきっといらっしゃいます。私も西湖でお茶を飲むときに、ナッツ、フルーツ、前菜までたくさん出されて、おまけにかなりいい値段でした。商売のためとしか思えません。それに甘いものが出されるのはあまりないです。

日本の煎茶は、中国の緑茶より、味が濃く、何かを食べている感じを(私に)させた理由は、おそらく「抹茶」の存在と関係があります。「抹茶」は宋代の中国から伝来し、明代になって煎茶の作り方ができ、中国では「抹茶」のような点茶法がなくなりました。

その影響で、中国人の茶に対する感性は日本とは違うじゃないかと思います。あくまでも個人の感覚かもしれないが、中国茶には渋みから出たさっぱりとした切れ味がとてもいいです。

中国では「清香」といいますが、この言葉は「すがすがしい香り」という意味もありますが、しかし、お茶の「清香」は、鼻で分かる香りではなく、舌しか分からない切れ味です。清橄榄(緑の)の食感でもあります。

中国茶でも、たとえばジャスミン茶なら、臭覚で分かる香りが特徴です。まさに日本のお茶関係の本に「官能的」と書かれているようです。甘みも結局同じじゃないかと思います。それはある限られているワールドに限られている感覚です。私たちの官能の世界に属します。でも、渋みからでてきたあの「清香」は、その官能の世界を否定し、自分を湖のような、青い空のような世界に導いてくれます。

旨いお肉を食べる時、お酒を飲む時の官能的な刺激も自分に幸せを感じさせますが(私は本当に満腹しただけで、幸せ感が涌いてくるときがあります)、理想のお茶に導かれて清い世界にいくときに幸せを意識しなくなるほど心が落ち着きます。

お茶を発明する人には本当に感謝です。
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# by nschinese | 2006-05-07 23:29 | できごと

中国大陸のスパイアクション

「大型歴史サスペンスアクションの傑作。歴史の影で暗躍した諜報機関・中国共産党、その歴史の闇で展開されるスパイ合戦。秘密諜報機関701の戦いを描いた傑作!」

これはdionの『動画ざんまい』(名前がちょっと凄くない?)で放送されている中国大陸ドラマ『プロット・アゲインスト』の宣伝です。ドラマの中国語タイトルは『暗算』です。

全部で34話、いまは5話しかアップされていないが、一気に見ました。(GW中だからね)

舞台は四川省某所、時間は朝鮮戦争が勃発した頃です。日中戦争の時、国民党政府の首都は重慶に置かれたので、解放後も、そこには国民党のスパイが多数潜伏していました。彼らは電報で台湾と連絡し、指示を受けてから、爆発などの事件を起こしたと言われてます。

共産党にも昔地下組織の人たちが中心とする経験豊かなスパイ組織があり、彼らと戦っています。共産党の地下工作員で台湾にもいたみたいで、いまは彼らはなにをしているのでしょう。

ある日、共産党のスパイ組織が把握していた連絡用のラジオ局がすべて消失してしまい、台湾は新しい周波数や暗号で連絡するようになりました。それらを探し出すために、諜報機関701が遠く上海の下の烏鎮である耳のよい超能力者を探し、彼に仕事を頼みました。なんと、この人は耳は超人的だけど、目が見えない知力障害者でした。

中国の古鎮、古い建物に興味ある方にはお薦めですが、物語は皆さんにとって面白いかどうかは、保障できません。でも、私には面白くて懐かしかったです。

その時代生まれではありませんよ。まだそんなに年取っていません。自分の少年時代がこういう戦争映画をよく見たから懐かしかったのです。べつに軍国主義少年でもなく、戦争オタクでもなかったが、その時代、ほとんどの映画は戦争映画だったからです。

それだけでなく、遊んでいたゲームも、「スパイを捕まる」とか、偽者の人民解放軍の帽子の中に新聞紙を入れて、国民党の軍曹の帽子にしたりするのも遊びの一つでした。国民党は悪い人じゃないですか。一般的に、子供はいい人の役よりも、悪役を演じるのが楽しいです。

そのとき、マージャンは賭け事にするものだから禁止されていました。中国将棋は大丈夫でしたが、そのほかに陸戦棋があって、(あまり流行らなかったが、海戦棋にも一時熱心でした)大学に入ってからも、寮でみんなと一緒に陸戦棋の拡大版「四国大戦」をやっていました。

戦争映画を作る建前は、思想教育のためですが、しかし、戦争をゲーム化した私たち少年にとって、いや当時の大人にとっても、戦争映画はむしろ娯楽でした。とくにスパイ映画には推理の楽しみも隠されているので、余計面白いです。

話題は四川に戻りますが。この『暗算』はおそらくなにかの伝説に基づいて出来たのです。国民党にかった共産党諜報機関の中に、異人がいる、そして異人は大体障害者。これは、何百年来の武侠小説の中にはよくある話です。彼をめぐって不思議なことがいろいろ起き、物語が広げていきます。

じつは、同じ背景で『一双绣花鞋』という物語がありました。皆さんには信じ難いと思いますが、70年代、その小説は多くの人が手で書き写した写本です。自分は読んだことがないが、周りの自分よりすこし上の人がきっと読んだことがあります。きっとだれかが書き写したことがあると思います。要するにそれは禁書でした。他の有名な禁書に恋愛小説『第二次握手』がありました。

もちろん、いまはほとんど解禁され、去年、CCTVで『一双绣花鞋』を何話か見ました。長い連続ドラマだったから、決まった時間でテレビのまえに座るのが無理だし、録画するのも面倒でした。今は、ネットで5話ずつアップするそうで、いつでも見られるから、飽きるまで見ようかと思っています。
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# by nschinese | 2006-05-04 00:45 | できごと

黑云压城城愈摧

今天上午本来有一节课的,可是学生家里人突然生病就取消了。

正好去理发店剪头,这家理发店我一直去,已经去了7年多了吧。有时店主人,有时他的太太给我理发。总是问问我孩子怎么样啦,教室怎么样啦,边理发边唠家常。他们人很好,看上去老主顾很多,所以7年里店搬了一次家,店面也大了,人手也多了起来。这就验了那句老话:“和气生财”。我也就7年没有移情别恋,每次都去那里。

今天太太说:“你的教室也有4年了吧”。我说:“5年多了”。她说:“你看到你的学生会说汉语一定特别高兴吧。”我觉得她说话很有分寸,换一个人可能会说,生意不错什么的。这也许是我喜欢他们店的一个原因。

边剪头,窗外的天色越来越阴沉,路上行人的脚步也越来越快。等我出了理发店的时候,看到在高耸着的两栋写字楼之间大片的黑云闷闷不乐地悬在天空。快回家。

等我到了教室,外面暗得好像傍晚,电闪雷鸣,劈哩啪啦的。现在其实是中午12点。等我写完这段日记,又雨过天晴。大概上海现在也是这样吧。以前雷阵雨一来,坐在弄堂里的阿婆们就大声地喊起来,“落雨了! 落雨了!” 不知道这样的光景还有吗。
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# by nschinese | 2006-04-25 12:45 | 日記

今週はワクワク

今週はワクワクして過ごしそうだ。

一つは、翻訳している、A4で100ページ近くの大型研究プロジェクト紹介が今週末に入稿し、本になるのを楽しみにしています。

もう一つは去年から取り込んできた中国語の文法書も、長いトンネルをくぐって、重要な部分をおさえて、半分弱出来上がったので、来週出版社の方と会う約束しました。

自由に書かせてもらい、そして辛抱強く待ってくれている出版社にもとても感激しています。普通は私のような人は本は出せるが、会話本や「らくらく中国語を勉強する方法」みたいな本だけ頼まれる。今回は非常に理解のある方で、ただ「一番個性のある本を書いてください」、「いままで教えてきた話を書いてください」と言ってくださいました。

レッスンで面と向かって説明するのと、本になるのとやはり違う。レッスンの場合は、生徒さんを騙すことができる。たとえば、初級者には「形容詞の前に「是」を入れてはいけない」と教えるが、一定のレベルになると、じつはそれはウソでした。「是」を入れてもいいの、その時「是」の意味は「たしかに」だ。といった感じです。しかし本になると、「形容詞の前に「是」を入れてはいけない」だけ書くと、問題がある。

他の仕事もいろいろ入って、それよりも自分の構想を数回もやり直して、やっと自分の中で整理できた。基本的には1年ぐらい勉強してきた人を対象に、中国語の構造を説明する本にしたい。三つの文型や四つの視点(主題・動作主、存在するもの・場)によって中国語の文型をまとめる。そして「了」を変化だけにまとめて説明していこう。

じつは、私は文法用語を振り回すのが好きではない。常識の観点から視点の差、感情の差、ニュアンスなどの話が好きである。書いているとき、学部生時代の物理書や大学院時代の哲学書を思い出す。

物理は私たちに複雑な世界には簡単なルールがあることを教えてくれた。偉大な物理学者は簡単な数式にいつも「美しい」と感心する。哲学はじつはいまの生活を違う視点で見てみようと、私たちに教えてくれる。

自分がわかってきたことは、従来の文法書によるものも多いが、もっと多くのは、教えている過程の中で得たもの、熱心に耳を傾けて、議論してくれている学生、彼らが作った文など。だから、書いているうちに本当に多くの方を思い出した。

いろいろな思い出を込めて仕事をしていく、結果が出そうなとき、誰でもワクワクするよね。
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# by nschinese | 2006-04-17 09:00 | できごと

君子一言

自分で出したお題ですが、すこし調べると以下のことがわかった。

古代では、『一言既出,驷马难追』、『君子一言,快马一鞭』(出典を省略)という言い方がある。いまはもちろん以上の言い方もできるし、ミックスして『君子一言、驷马难追』とも言う。

一言既出,驷马难追
口から出した言葉は、四頭の馬で引いている馬車でも追いつかない。

君子一言,快马一鞭
君子が一度口に出したら、速く走っている馬を鞭打つように、取り返しがつかない。


「武士に二言なし」だと、女の人には使えないじゃないかという意見もあるが、
「君子一言…」もじつは男言葉だが、中国の女性は颯爽とした雰囲気で言うときもある。

その他

说到做到 / 说话算数 / 一诺千金/ 说一不二

说到做不到/ 说话不算数/ 出尔反尔/ 说话不认帐

日本語は?
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# by nschinese | 2006-04-16 14:12 | 勉強

桜餅、道明寺餅、草餅

先週、学生が持ってきてくれた道明寺餅をいただき、関西では、桜餅といえば道明寺餅のことだと教えてもらった。なんで道明寺だろうとネットで調べたら、その粉は、大阪の「道明寺」が初めて作ったものなので、「道明寺粉」と呼ばれているそうだ。

また「長命寺」の僧侶が桜の葉っぱを掃除するのが大変で、それを塩漬けして、次の年に団子を挟んで「花見」の客に売る商売を思いついたことが、「桜餅」の由来みたい。

「桜餅」はやはり桜の木の下で食べると、もっと美味しいよね。後は花見団子も……あ、また花より団子の中国人と呼ばれそう。

じつは一回も花見したことがない。花は見たよ。娘に付き合って桜の下で弁当は食べたこともある。でも、それって本当の花見じゃないよね。

桜餅か花見団子を食べて、あとは飲んで騒ぐのが花見の本流じゃないかなと思う。花見の歴史もちょっと見たが、平安時代から、花見が「梅」から「桜」へ変わってきた。そして「さくら」って、「さ」は、穀物の神様で、「くら」は、神の座らしい。昔の人たちが、さくらで農業を占っていたそうだ。葉もない枝から、突然咲き、すぐに散っていくさくらって不思議といえば、不思議よね。その不思議の自然の前で騒ぐことも、自然の理にかなっているかもしれない。

われわれ外国人はなかなか理解できない。それは文化というものだろう。

私は、日曜日に「草団子」を食べた。この季節だと、中国の清明節である。中国では、それを「青団」と言い、お墓参りにお供えするものである。「青団」をいただきながら、自分の家族は祖父と祖母の墓の前にいることを想像していた。「墓参り」というと、暗いイメージするかもしれないが、この時は「踏青」とも言われて、遠足気分である。

春がきた!
日本人も中国人も、自然のリズムにあわせていた。
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# by nschinese | 2006-04-11 00:12 | できごと

这是一个难题

昨天偷看了不少“生徒”的mixi,不免暗自得意,不料今天几位都来了个回马枪,逼我把他们的名字登记在我的好友名册上。这样一来队伍一下子壮大起来。可是最关键的问题是我自己要不要写mixi,这是一个难题。

互相看日记好像不太好吧,我以前有这样的成见。可是看了大家的mixi以后,这成见烟消云散。生活中的琐事,他们也写得自然风趣,谈笑风生中显出了善良人格。我自知用日语方方正正地写东西还行,写得口语化就难了。特羡慕,可越羡慕越没有自信。而且如果谁在评论中写上“先生”二字就大煞风景。

所以我先在这里用中文练习练习,说不定哪天心血来潮,就会加入到革命队伍中去。
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# by nschinese | 2006-04-06 01:28 | 日記

mixi在蔓延

下课回家,打开电脑就看到一个电子邮件。“今天谁都没来上课吗?”

不是啊?!想了一下才恍然大悟。发来电子邮件的是我的学生,我上课的时候拜访了她的mixi日记,留下了脚印,确凿的证据说明我上课时间却在网上闲逛。被抓到了把柄。

其实这是一个误会。最近知道大家都写mixi,心里痒痒的,想凑个热闹。可是由于搜索方法不对,怎么也查不到。所以在课堂上向Y请教,没想到顺藤摸瓜,把6个学生一网打尽。听说mixi正在我的教室蔓延,没有想到大家写得这么勤。而且轻松愉快,片言只语,又风趣还有点小哲理。

不过这样下去,大家在教室会话时没有了新鲜感怎么办呢?

有一利就有一弊? 还是我杞人忧天呢?走着瞧吧。。。。。。
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# by nschinese | 2006-04-05 09:43 | 日記

字幕あらさがし

 場所は「東京都写真美術館」、ビルに入ったら、女性二人がすぐに立ち上がって案内してくれた。
 さすがに「ワォ アイ ニーを見たい」と口から言えなかった。
 「あの、今日の映画を見たいですが」と私が。
 「あ、ワォ アイ ニーですね。こちらに……」。
 中国語と違うイントネーションでまじめに言われて、笑いたくなった。(失礼でした。)

 映画は大変よかった。
 というか、最初から暗い、重い、喧嘩ばかり、映画館に人が少ないと知っているし、原作王朔の小説はよく読んでいたから、見たかった。

 私の映画を見るクセは、この映画はなにを言いたかったのをみたい。
 中国映画って、都市生活の話が元々少ないし、自分の生活をどう考えているメッセージが含まれている映画がもっと少ない。だから、この映画をとても楽しみにしている。

 なんでずっと喧嘩するの、外国人にはわかりにくい映画だと思う。
 でも、たくさんのことを考えさせられた。

 
 今回は、まじめに字幕をよく読んだ。ミスは、10数個発見した。それに個致命的なミス。

 たとえば、結婚してからはじめての喧嘩シーンで、最初は、男の人が女の人にべたべたしないでと言った。
 その後、ちょっとのことで女の人がキレッちゃって、人の前で大声を出した。
 家に帰ってから、男の人が、「人の前で 耍性子 するのが大嫌い」と言ったが。
 この「耍性子」の意味は、「わがまま」、「キレる」だけど、字幕は、「人の前でべたべたするのが大嫌い」になった。
 その後、「私は警察に捕まえられるところだった」と男の人が言った。つまりあなたと喧嘩したせいで。
 ところが字幕には、「私は痴漢で警察に捕まえられるところだった」になった。つまりあなたとべたべたするから。

 なぜそれが致命的だというと、じつは、女の人がわがまま(それも理由があるけどね)で、男が人の前でメンツがつぶられちゃったので、喧嘩になったが。字幕だけ見てると、男の人が結婚してから、愛情表現がいやだということになった。

 だから、チラシには、「夫はその思いを裏切るかのように冷めた態度で、やがて「愛してる」とさえも言わなくなる」と書いた。

 その後も、似ているミスがある。
 離婚しようと言ったら、女の人が「私も努力したのよ、映画を見に行くように、コンサートにいくように」。男性は「そういうことじゃないよ」。
 そして女の人が「じゃ、「思想上」足りない?」。男の人は、「それは十分すぎた」と答えた。「思想上」って翻訳しにくいよね。
 ここで字幕には「思いやりが足りない」と書いた。じつは、「コミュニケーションが足りない?」の方がいいと思う。
 この映画の主題はここにある。男の人から見れば、この思想上の要求(つまり、男の人がなにを考えているのを知りたい、コントロールしたい、表現して欲しいなどなど)が十分すぎた、しつこかった。

 結局、字幕は一種の思い込みの下で作られたような気がする。

 予算のこともあるだろが、日本人が翻訳してから、中国人に一遍映画を見てもらえば、すぐわかる。
 一日で終わるので、数万円で済むはずのにね。

 ふだんは、字幕どうでもいいと思っていたが、今回は喧嘩のメインの映画で、致命的なミスがあると、喧嘩の論理がわからなくなる。
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# by nschinese | 2006-03-30 15:15 | 翻訳

できあがった  講談社の日中辞典

昨日、家に帰って、玄関のところに講談社から送られてきた本が置いてあった。
『日中辞典』(相原茂先生編集)、やっときた!  
年始に出版社から連絡あって、予告はあったが、思ったよりも早かった。

私は、前半の例文翻訳仕事に参加した。その後は他の仕事が進められているとちょこっと聞いた。

辞書を読むと、「翻訳ルール」、「シソーラス」、「単語帳」などの部分が充実していることに感心した。
とくに「シソーラス」の部分、たとえば、「気持ち」という日本語で引くともちろんたくさん訳文があるが、この辞書は、さらに10の中国語訳をぎゃくに日本語に翻訳して、ニュアンスの違いを明らかにする。

われわれが授業をする時にやっていることと同じだ。日本人が辞書から引いた中国語は、この場合に使っていいかどうか、ほかの中国語とどう違うかを説明するのが、われわれの仕事である。

もともと中国語を教える人が中心に編集したものなので、翻訳者よりも学習者向けの辞書だ。自分が教えるときも、大いに参考できると期待している。

辞書を引くのが面倒と思う方にも、うれしいことがある。CD-ROMがついているので、パソコンで電子辞書と同じように引ける。ただし音声がない。

ますます広告のようになってきたが、ここまでにしよう。定価は7000円でけっして安くはないが、個人レッスンの相場は一回5000円を考えると、どうかな。

教室関係者は必要でしたら、ご一報ください。
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# by nschinese | 2006-03-28 09:41 | できごと

映画界のグローバル

中米合作、ジェット・リー(李連傑)が主演のアクション映画『SPIRIT』の宣伝がよく見かける。中村獅童も日本人武術家を出演している。日本の市場を狙っているせいか、PRの中、中村獅童がジェット・リーを倒す場面も目立つ。

もともとは、中国の武術家霍元甲(フォ・ユァンジア)の伝記映画。彼が中国のフライドのために欧米や日本人の格闘家に立ち向かい、最後は日本人に毒殺されたことは、香港のドラマを通じて、中国で広く知られる。

今回は?もしかして、中村獅童の役は悪役?しかし、堂々としている宣伝を見ると、そうには思えない。

まだ見ていないが、昨日見た学生から、「中村役の格闘家と毒殺する日本人は無関係だった」と聞いた。なるほど!

いま、映画界で日中の合作の勢いはすごい。両方の市場を狙っている経済的な打算は明らかだ。それで、この映画界のグローバル化は、中身の解釈まで影響した。

ナショナリズムを超えて、プロとしてのプライドを持って闘う人に感動する。けっきょく、経済の一体化は、平和へ導く役割も果しているようだ。
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# by nschinese | 2006-03-22 08:40 | できごと

推敲するのは、だれのため?

 言葉をめしの種にするぼくですが、妻(日本人)に理屈っぽいと言われています。言葉の違いとか、どうでもいいことなのに理屈をこねるそうです。(中国語の表現は、钻牛角尖。牛の角の先っぽに入り込む。)言われると、反省します。

 たしかに言葉にこだわると、文字通りに理屈っぽいの人になります。

 たとえば、映画の字幕を見ると、だいたい文句言いたくなります。とくに中国語の四字熟語とかをうまく訳せるのが珍しくないのです。しょうがないといえば、しょうがないです。ただでさえ、中国語を日本語に訳すと字数が長くなるし、早く口にしゃべられると、字幕に収めきれないのは当たり前のことです。どこかで妥協しなければなりません。
 
 それに、両方の言葉をわかって、字幕をチェックする人って、滅多にないし、そういうチェックする人は、暇人か、あら捜しの気持に違いないのです。画面、音楽より、字幕ってどうでもいいことじゃありませんか。どうでもいいことに理屈をこねるのは、理屈っぽいです。

 しかし、それにしても、表現、語順に推敲し、吟味することをやめられません。このやめられないことの意味はどこにありますか? そのような自覚がないと、推敲の境界線をどこに置くかを常に迷うのではありませんか。

 まず、文章の意味、話の理屈、話の持ち運び方を正確に訳しなければなりません。平凡な訳でもいいから、それをしっかりと掴まなければなりません。その上、いい表現を探します。

 いい表現を探すことは、頼む側のためでもあるが、半分は自分のためです。

 たとえば、大工さんが物を作るとき、自分なりのこだわりを持っています。この角は、四角じゃだめで曲線でなければならない、そのこだわりを理解できるお客だって、多くはないですよね。みんなは全体的なイメージしかみません。
 
 また料理屋さんで、料理を盛るときも同じです。おそらくお客以上に盛り方に気を遣うのでしょう。同じ料理の仕事をする客、または主婦の客は感心するかもしれません。普通客は、あ、きれいだねと一言で終わります。

 一つの角、海老の置く場所、こういった細かいところを人に褒めてもらうのを期待してはいけません。それよりも、半分は自分の遊びだと意識した方がよいかもしれません。

 所詮半分は、自分の遊びだから、この遊びによって文章の理屈を害してもいけません。危ない遊びよりも、平凡の訳がいい場合もあります。过犹不及(過ぎたるはなお及ばざるがごとし) なんでもやりすぎるとよくないですね。

 教えることからも、似ている心得がありませす。どこかの本で読んだのを忘れましたが、「先生が面白がるところは、だいたい学生にとって退屈なところです」っていう名言があります。自分の座右の銘にしたいですね。

 業界が違っても、どこも同じでしょう。

 最後、妻の名誉のために言いますが、わからない日本語を聞くときに、必ず教えてもらえます。この間、翻訳に江戸時代の候文が何ヶ所出ました。なんと岳父(妻の父)まで一緒に調べてくれました。最後、彼らにどうしてもわからない箇所があって、じつは中国語の地名(古称)でした。お願いする前に言っとけばよかったのに、申し訳なかったのです。
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# by nschinese | 2006-03-14 12:02 | 翻訳

榜上有名

 「榜」bang(3声) とは 公式の知らせです。科挙試験の時代、進士合格の人の名前は、黄色い紙に書かれて壁に貼られ、この黄榜の前で、笑う人もいれば、泣き崩す人もいた。その場面は、发榜であって、合格したら、「榜上有名」です。

 宋代に『過庭録』という本の中に、このような物語があります。孫山という人が挙人に最下位で合格しました。故郷に帰って、息子が科挙試験を受けたあるオヤジに、「我が息子はどうだったの?」と聞かれまして、こう答えました。

 「解名尽处是孙山,贤郎更落孙山外」

最後の一位は、孫山で、お宅の息子は、孫山の後ろに落ちました。
 
 これは、名落孙山 (試験に失敗した)の語源であります。ちなみに、落榜 もいいます。日本語の「落ちた」はここからきたのであろう。



 昨日は、東京大学が「发榜」の日、12時半、この「榜」が貼られて、私が昼ごはん終わって行ったとき、赤門の前に日本共産党の宣伝カーがあって、赤門の下に、「ドラコン桜」の編集部の人が立っており、「合格経験談」を募集していました。

 すこし離れたところで、泣いている娘を慰める母の姿もあります。
 また雨の中、中年の夫婦が電話をしていたのを見かけました。母が涙ながら話していたが、ちょうど前を通ったとき、「受かった」と聞こえました。
 
 可怜天下父母心( 子煩悩は世界共通なのだ)。

 歓声を上げているところに近づくと、自分も思わず気持が高ぶってきました。いくつかサークルの学生が、合格者を囲んで、「バンザイ!」と高声を上げ、胴上げをしてあげました。
 
 挙げる人のリズムに乗って、空中で体を伸ばして、バンザイ!と叫ぶ人を眺めて、きっとだれも「長い暗いトンネルをくぐり通った」という気持だっただろう、と思いました。

 ちなみに、私が中国語教室で習った高校生は、広○大学の医学部に「榜上有名」です。
 
 可喜可贺! おめでたいですね。

   

  
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# by nschinese | 2006-03-11 10:16 | 勉強

留学に行くまえにどのぐらい勉強したほうがいいか。

 火曜クラスにいたMYさんが北京からメールを寄せて、「教室の皆さんによろしく」と書いていた。話したら、なんと皆さんがもらっていた!

 今年の2月に、本教室から中国の北京と青島へ留学に行ったのは、二人。MYさんのケースは、これから留学を考えている方には、参考になるかもしれない。

 彼女は、去年1月ごろ、ここでゼロからスタートした。週一回で1年ちょっとだと、複文を含めて基礎文法が終わり、順調の方は、中国語検定の3級に合格できる。中国に行くと、日本語が分かる先生が少ないので、文法の基礎を日本でできたほうがいいと、私が思う。
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# by nschinese | 2006-02-28 23:12 | 勉強

発音 耳と口

 あるブログに「日本人は一般に、boとpoの違いが聞き取れない。聞き取れないのですから、発音するのも難しい。」と書いています。

 たしかに、耳と口はつながっています。私は耳の動きを指導することができないが、口の動きを指導することができると思う。したがって、「聞き取れないから、発音できない」場合、発音のレベルで区別できてから、聞き取れると考えてもいいよね。

 b pの違いは、無気音と有気音ですが、私は、日本語の「ババ」、中国語の「爸爸baba」、および「pa」の三つセットを学生に教えている。ババ でしたら、唇がすこし摩擦して、発音がにごる。babaは、一気に唇を開ける。だから、にごらない。paは、「パ」で発音してもいいかな。
(みんなで、ババとパパを発音する。笑えるよね。)

 また、bo po になると、po はブドウを食べてから、皮をぺいするに似ている。bo は、金魚が呼吸するように、と指導している。

 でも、金魚が呼吸するときのイメージは、意外に皆さんと共有している。不思議。
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# by nschinese | 2006-02-28 10:40 | 勉強

主語の倒置

  日本語は、長い修飾語の後に主語がきて、その後に短い述語で締めくくる文が多いと思われる。それにたいして、中国語は、主語を短くした方が安定感がある。したがって文の前後位置を変えると、自然な中国語になることができる。
  
  
例a) 赤ちゃんから18歳ぐらいまでを対象にした子供専門写真館はめずらしくない。

(直訳)以婴儿到18岁左右的孩子为对象的儿童专业照相馆也不少。(/也不在少数。/也不罕见。) 
 
(調整後)不少儿童专业照相馆把对象设定为新生婴儿到18岁左右。
 
例b)  さらに上乗せして写真の製本を希望する親も少なくない。
     不少父母希望再加一点钱把照片装订成册。

例c)  チェーン展開する業者もいる。
  一些公司还开了连锁店。

 引用:「一人っ子に愛情注ぐ、子供専門写真館」  朝日新聞『流行前線』
 本教室上級クラスのレッスンでは、以上の文を中国語へ翻訳している。  
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# by nschinese | 2006-02-22 13:39 | 勉強

思考タイプ

  自分にはどのような思考傾向があるか、つまり自分はどんなタイプの人か、と考える人が多い。でも、よく考えると、けっして一つ、二つのタイプでまとめられるものではない、場合によって、相手によって、また自分の成長につれて、ものごとを考える傾向も変化するはず。

  この傾向は無意識に変わるかもしれない。バランスをとるために意識的に切り替えることもできる。このような切り替えを「帽子を変える」という英語の表現もあるようだ。そして、帽子を六色に分類したのは、いわゆる「デボノ博士の6色ハットの発想法」です。
 
  白       事実 中立を守り、事実を把握する。
  赤       感情 自分の素直な感情に基づく。
  黒       否定 慎重で否定的な見方。
  黄色い    肯定 発展 楽観的で肯定的な見方。
  緑       創造 今までにない 新しいものの見方。
  青       調整 全体を調整し結論を導く。

  自分のことを考えると、中国にいたころは、議論になると否定的な見方が多かった。「でも」「しかし」。否定=創造 と思い込んだのかもしれない。日本に来てから、他人の意見を否定する前に相手のことに耳を傾けることは、自分のためになると学習した。日本人が相手を非難するのを避けていることは、悪いことばかりではないと思う。
 
  いまはといえば、創造的な思考を求めたいな。
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# by nschinese | 2006-02-22 12:29 | できごと